10.彼方めぐり逢い、紡ぐ(四)
「會津では英語が達者な人が多いの?」
「えっ?!ど、どうかなぁ…?」
「日新館では英語も教えるの?」
「どうかなぁ…?残念ながら、男子しか入学できないから…」
「そりゃあ、長崎で異人と仕事の話やら商談やらするには、話せるヤツがいねぇとな」
「大砲や鉄砲を異国から仕入れるにも言葉は必要だろ」
「しかし、
もうやだ…
何かする度に墓穴を掘っている気がする…
「ああ!大砲といえば、會津の山本
局長!ナイス!
「ほう、風林火山、あの武田信玄公の?」
「佐久間
「さすがだな。黒谷本陣では西洋式軍隊の訓練の指揮を執っているし、血は争えぬということだ」
「ああ。日新館で教鞭をとったこともあるそうで、都でも洋学所を作り、自ら講義にも立っているとか」
「近藤さんは山本覚馬様とすっかり意気投合したようですね」
「そうなんだよ。飲み交わす約束もしてね」
「會津には若くても優秀な人材が多い。山川
「神保修理様のような開明派の方や、秋月悌次郎様のように西国事情に明るく、他藩に広く交友を持つ方もいらっしゃるしねぇ」
「皆、初めはとっつき難い印象だったが、話すうちに人柄の良さや義理堅さを知ってね」
「あれは會津の気質なのか?」
「そうですね、頑なというか融通がきかないというか、生真面目というか」
「かれん君、それはあまりに失礼では…」
「仕方ないんです。“会津三泣き”というものがあるくらいですから」
「“會津三泣き”?!」
「新たな言葉に、また山南さんの目が光ってるよ」
「ご説明します。会津に来た方は、会津の人のよそ者への素っ気ない態度にまず一泣きします」
「うん、それで?」
「会津での暮らしに慣れると、実は心の温かい会津の人の義理人情に心を打たれて二泣き」
「もうひとつは?」
「会津を去るときに、会津人の人の良さ、情の深さを知ってしまったから離れたくないと別れの辛さに三度目の涙を流す、と言われています」
「まさに!會津人の気質を具に表しているね」
「お殿様は…わたしの声に耳を傾け、ピアノも褒めてくださいました。うれしくてうれしくて涙を堪えていました」
「身分のある方が、皆あのようなお人柄であればな」
「高貴なる高須四兄弟、と名高いお血筋にも拘わらず、驕らずに高潔の精神をお持ちだからねぇ」
「そんな広いお心を持つお方の国に生まれたわたしは幸せ者です。お殿様の一大事には、微力でもお役に立ちたいと思います」
「そうだねぇ」
局長がぽつり、言った。
「いつか會津へ行きたいものだ」
「それいいな!」
その提案に乗り気の面々。
「わたしは桜のお城が好きです」
「では春にしよう。會津に生まれ育った君が言うのだからね」
「桜の下で一杯やろうぜ」
「昔々、豊臣秀吉も来たらしいですよ」
「太閤殿下が!」
「東山には温泉もあります」
いつもの場所に目をやると、いつものごとく黙ってひとりお酒を飲む人。
器に揺れるお酒に月を映し。
「斎藤さんも一緒に行こ」
ふっと緩む口元。
目をそらし夜空に浮かぶ三日月を眺めた。
分かったの。
これはOKのサイン。
「會津の女は気が強いのばっかりか?」
「土方さんは
呆れ笑い、沖田さんがまたからかう。
「気も強いし、意志も芯も強いですよ」
「お前は會津の女に相違ない」
「そういや、かれんってめずらしい名だな」
「ぴったりでしょ?花のように可憐な乙女だから」
「はぁ?よく言うよ」
「口も八丁、手も八丁とは…」
一同の総ツッコミ、山南さんの苦笑い。
「見る目がないねぇ、皆。ふさわしい名前じゃないか、ねぇ」
笑いながらもそう言ってくれたのは源さんだけ。
「父が好きな詩の一節から名づけてくれました。弟の
「どんな詩?」
「“悠久の時を越えて、可憐な花は咲く”」
「叙情的で美しいな」
「気に入ってます」
「いい名をもらったね」
ありふれた日常。
激動といわれる幕末にも、こんなに穏やかな時間があったとは。
こんな時間が続いたら。
まだ見ぬ暗い出来事も飛び越して。
この場所も、この時代も。
この時間たちも。
今まで生きてきた時間と同じくらい、かけがえのないものになってゆくのかな?
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