8.義を見てせざるは(六)

「ほれ、あの子…」



ヒソヒソと別の話し声が聞こえてきた。


声の主を見ると、明らかにこちらを見ている若い女の子たち。



壬生狼みぶろんとこの、あの子やろ?」


「けったいやわぁ。あないなとこでよう働けるわ」



わたしは地獄耳なのよ!


言いたいことがあるなら直接言えっつーの!



「浅葱色の羽織ももっさいしなぁ」


「迷惑やさかい、はよう出てってほしいわぁ」


「はぁ?!」



カッとなって口が動いた。


勢いよく文句を言いに行く。



「どこのどなたか存じ上げませんけど!」


「ちょっ…かれんちゃん!」


「何も知らないくせに勝手なことばっか言わないでもらえます?!」


「何ですの?」


「いきなり失礼ちゃいます?」


「失礼なのはどっちよ!」


「まぁまぁ…みなさん、穏便に…」



平助さんが止めに入るも、全く気が収まらない。



「天子様とこの町を守るために働いてるのよ?よくそんなこと…」


「守る?荒らしてるんやないの?そこかしこで斬り合いしてほんま迷惑やわ」


「あんたも野蛮やわぁ。壬生狼んとこにおるさかい」


「心の醜い人に言われたくないんだけど!」


「何やて?!」


「ホントのことじゃん!適当なこと言ったら許さない!」


「かれんちゃん、落ち着いて!」



何なの?!


最低!


超性格悪いんだけど!


あんたたちに言われる筋合い、ない!


強く握りしめた両手がワナワナと震えた。



「だいたいねぇ!沖田さんと平助さんと土方さんにはキャーキャー言うくせに、何で新選組は嫌なのよ!」


「沖田はんは別や!」


「せや!土方はんも、今牛若はんも、ぜんっぜんちゃうわ!一緒にせんといて」


「信じられない…本人を目の前にして、どういう神経してるわけ?よくそんな失礼なこと言えるわね!」


「そもそも、なんであんた今牛若はんと気安く一緒にいてますの?」


「たぶらかしてるんとちゃう?」


「はぁ?」


「かれんちゃんはそんな子じゃありませんよ。そんなこと言うもんじゃないですよ、慎んでください!」


「つまりやきもちね。言っとくけど、あんたたちみたいな女、沖田さんも平助さんも絶対好きにならないから!」



言葉に詰まって、ちょっと涙目になる町娘①。



「ごめんなさい、言いすぎた…でも!新選組を悪く言うのは許さない!」



今がチャンスとばかりに、平助さんがすみませんと焦って頭を下げる。


ついでにふくれっ面のわたしの頭も無理矢理下げさせた。


腕を引っ張られ、なだめられながら、そそくさと道を引き返す。



「気持ちは分かるけど、とにかく落ち着いて…」


「無理!落ち着けるわけない!」



町の人の中には、新選組をよく思っていない人たちもいる。


そう聞いてはいたけど。


それを目の当たりにしたら黙っていられなかった。


悔しい!



取り締まりとはいえ、人を斬るのは賛成できないけど、町の人たちに危害を加えたわけじゃない。


芹沢先生たちはやりたい放題だったと言うし…南座で平助さんが注意した隊士のように酔っ払って、もしかしたらご迷惑はかけているかもしれないけど…。



新選組の人たちだって人間だよ。


同じだよ、みんな。



人間だから感情があるし、言われのない誹謗中傷で心を痛めないわけじゃない。


義理人情を大切にする人たちだって、知ろうともしない。



それぞれに家族も仲間もいる。


素性の知れないわたしにも親切にしてくれる。



それを見境のない獣みたいに悪く言って。


うわべだけしか見ようとしないなんて、いつの時代も変わんないのね!


自分と違う人を見下して、言いたい放題言うほうが、よっぽど根性悪い!



新選組の仕事を、みんなの志を否定されたみたいで悔しかった。



「私たちのために反論してくれて、うれしいよ。でも、そうムキにならないで。ね?」


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