8.義を見てせざるは(五)

「お前、この小包出して来い」


「本気で出すつもりですか?!ってゆうか、何でわたしが?」


「いいから行って来い。これも仕事のうちだ」


「え~、思いっきり私用じゃん…」


「宛名は書いておいたからな」



ヘンなの。


幕末ジョーク?


自慢?


こんなの送られてきても、全然うれしくないけど。



将来、資料館に飾られてたりして。


現代に戻ったら確かめに行ってみようかな。


ほんとにあったら大笑いしてやる!



「おっ、蝋梅か。いい香りだ」



む…


土方さんが何でモテるかはなんとなーく分かる。


まずは何たって、こんなに美形でかっこいいんだもの。


顔が、ね。



理由はそれだけじゃない。


女の人の気持ちを掴むのが上手で。


すっと心に入ってきたかと思うと、心を揺さぶるような思わせぶりな態度。


時に素っ気なくされるから、余計に気になっちゃう。



心を奪った後で冷たくするなんて女の敵だけど。


恋の駆け引きってやつなのかしら?


それだけ人の心理を読んでるってことだよね。


きっと、ハートに天使の矢がささったみたいにイチコロにしちゃうんだわ。



って、感心してる場合じゃないからっ!




…なんて考えながら、平助さんと小包を出しに町へ。


わたし、好きになるなら平助さんみたいな優しい人がいいけどな。



「雪だぁ」


「どうりで寒いわけだよ。冬の會津は雪深いんだろ?」


「そりゃもう!すごい豪雪よ…」



って言っても。


確かに寒いけど、この時代の寒さに比べたら21世紀はまだマシじゃない?


すぐに暖まる、種類豊富な室内の暖房器具に関しては言うまでもなく。


歩道の中にも暖房設備が入ってて雪が解けるようになってるんだから。


車道だって除雪車が雪を片づけてくれるし、雪が積って凍らないようお湯が流れてるし。


それでも寒い寒いと文句を言う、わたしを含む現代人。


寒いのはとにかく苦手だ。


現代にいようと幕末にいようと、春が待ち遠しいな…



「どれほど降るのか想像もつかないな」


「地域にもよるけど、町も山も真っ白だよ」


「會津富士があるだろ?麓には湖があって。名前は確か…」


磐梯山ばんだいさんのこと?」


「そうそう!磐梯山と猪苗代湖いなわしろこだっけ?」


「よく知ってるね。猪苗代は若松城下よりももっと寒いのよ。あ、知ってる?植物にも冬支度をしてあげるんだよ」


「冬支度って?」


「松とかね、寒さや冷たい風から庭木を守るために、それに雪の重みで枝が折れたりするでしょ。雪囲いとか雪吊りっていうの」


「雪囲いに雪吊りかぁ」


「支柱を立てて幹や枝に縄を張ったり結ったりして、てっぺんから、こう放射状に縄が張られてね。職人さんがやると見た目もきれいだから、冬の風物詩なんだよ」



身振り手振りを交えて、雪囲いについて力説する。



「雪景色、さぞかしきれいだろうな。見てみたいよ。絵になるだろうな」


「そう思う?江戸っ子な証拠ね」


「嫌なの?」


「好きだけど雪かきって重労働なのよ。きれいに降る量ならいいけど」


「そりゃそうだ!」



雪が降ろうと降らなかろうと、この町はいつも活気にあふれている。


静かな壬生村とは対照的だ。



「いやぁ!あれ、今牛若いまうしわかはんとちがう?」


「ホンマやわぁ!今日も麗しいなぁ」



出た出た!


平助さんのファンね。



「平助さんも土方さんに負けず劣らずモテるじゃない」


「いやぁ…私は…」



“今牛若”とは平助さんの愛称だ。


なんでも、南座で観劇中に酔っ払った新選組隊士数名が乱入して騒ぎ始め、他のお客さんと一緒にいたきれいな芸妓さんを奪おうとしたらしいの。


やだやだ、どうしてそういうことするかな。


そのとき、美男の若侍が2階からひらり颯爽と飛び降り現れた。


「差し出がましいと思うが、人の女子おなごに手を出すなど、新選組らしくない振る舞いはするな。町の人を苦しめてはいけない。ここは私の顔に免じて」と仲裁に入った。


なんて素敵な貴公子エピソード!


そう、その美男の若侍の正体が平助さんなのだ。


酔っ払った隊士たちも平助さんの名前を聞いて、大人しく引き下がったんだという。


その牛若丸のような軽やかな身のこなしとイケメンぶりが話題となって京の町中を駆けめぐり、“今牛若”と騒がれてる。



「南座の今牛若の話、聞いたよ!すっごくカッコイイ!!」


「えっ?本当?照れるなぁ…」



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