8.義を見てせざるは(四)

それにしても、ここは男ばかりで華がないのよね。


そうね、華やかさは皆無ね。


むさ苦しいというか…


軍隊も驚きの戒律生活よ。



起床時間は朝6時。


布団を片付けたら、部屋の掃除をして、それから朝ごはん。


仕事、隊務はシフト制。


8時~18時まで。


市中の見廻り、仕事の合間に各種武術のお稽古、さらには学問をして教養も身に付けなければならない。


そして22時から午前2時まで、夜の市中見廻りへ。


その当番以外は就寝の時間。



休日は割と自由だけどね。


非番、つまり休みの人は京都市内の観光をしたり、囲碁をしたり、近所の子供たちと遊んだり。


ただし、門限20時。


門限を破ったら問答無用で切腹、もしくは重罰。



あ、新選組って意外と美男子が多いの。


土方さんでしょ、左之助兄ちゃんに沖田さん、平助さんも。


斎藤さんも凛としてるし。



斬り合いは日常茶飯事。


身を研ぎ澄ませる任務も多い。



だからこうして花を生けることにした。


癒されるかな、とか思ったりして。


見てないだろうな…



実は生け花の先生を母に持つわたし。


昔から身近だった。


現代じゃめずらしがられたけど、ここではできて当然って感じよね。


女の嗜みってやつ?



「かれんちゃん」


「平助さん、どうしたの?」


「土方さんいる?」


「いないみたい」


「そっか。土方さんに手紙が大量に届いてるんだ」


「もしかして、それ全部?」


「そうなんだよ。あ!花が替わってる」


蝋梅ろうばいと水仙、いい匂いでしょ。花売りのおじさんに勧められたの」


「いつもありがとう。癒されるよ」



さすが平助さん!


気づいててくれたのね。



「わぁ、それにしてもすごい数の手紙ね!全部仕事の?」


「ううん、今日のは違うんだ」


「違うの?」


「恋文さ」


「恋文?土方さんだけ、こんなに?!」


「ほら、宛名と差出人を見てごらんよ」


「女の人の名前だ」



差出人の名はすべて女性。


数枚のラブレターを手に取り、1枚1枚裏表を確認。


どれもこれも紛れもなく土方さん宛だ。



ふーん。


女性関係が派手なのは確実ね。



こんな大量のラブレター、初めて見た。


マンガみたいじゃない。


花街の芸妓のお姉さんたちの営業じゃないの?


恋する乙女の純粋なラブレターや、黄色い声のファンレターもあるのかな?



「何でこんなにモテるの?不思議だわ」


「土方さんは特別だよ」


「特別ねぇ。平助さんや沖田さんにもたくさん届いてるんじゃない?」


「私にはこれほど来ないよ」


「3人への恋文で、屯所が埋もれそうだね」


「あはは!まさか!」



電話やメールもすぐに伝えられて便利だけど、直筆のラブレターって何だか素敵。


相手を想ってドキドキしながら、時間をかけて丁寧に書くんだよね。



だけど、それは分かっているのだけれど。


重々承知の上でございますが。



「こんなにあるんだし、1枚くらいいいよね。失礼しても」


「勝手に読むのはちょっと気が引けるけど…」


「ど・れ・に・し・よ・う・か・な!」


「って、もう選び始めてる…」


「か・み・さ・ま・の・い・う・と・お・り!」


「まぁ、いっか。仕事の手紙じゃないし、私も興味があるし」


「コレに決めた!」


「拝読させていただきます。どれどれ?“愛しい愛しい歳三様…”」



わたしには半分くらい解読不能な古典の如し文を、平助さんが読み上げる。


土方さんへの熱い熱い想いが綴ってあるようだ。



「へぇ、字もきれいだけど、言葉の選び方とか文章も美しいな」


「“逢いたい想いが募るばかり”、だって!何かいいなぁ~」



ん?


何かいい匂い。


クンクン…と鼻を利かせてよい香りの元を探す。



「この香りは手紙から?蝋梅や水仙とは違うよね?」


「うん、違う香りだね。これ、伽羅の匂いじゃないかな?」


「伽羅って、高級品のお香だよね?」


「うん、裕福な商家のお嬢さんとか、花街で位が高い太夫たゆうや天神とかからの手紙じゃないかな?」



なるほど。


いい女にはこういうテクがあるのね。



覚えておいていつか使おう。


これは平成でも使えるもんね。


勉強になるわ。



「土方さんってほんっとにモテモテなのね」


「そうだろう」


「「わっ!」」



腕を組み、仁王立ちでご本人登場。



しまった…


こんなちょうどよすぎるタイミングで帰ってくるなんて。



「お帰りなさい…これ読みます?」



って、無視?!


ラブレター勝手に読んだのは悪かったけど、無視することないじゃん!



「土方さん、すみません…勝手に読んで」


「いや、構わねぇよ」



平助さんには返事するのに。


ムスッと表情を変えたわたしに目をやることもなく、机に向かって何やら手紙を書き始めた。



「恋文のお返事ですか?まだ読んでないのに」


「そうじゃねぇよ。いちいち返事なんかしてられっか」


「は?ひどい!乙女心を無視するなんて最っ低!」


「うるせぇ。俺は暇じゃねぇんだよ」


「何書いてるんですか?」


故郷ふるさとの奴等に見せてやろうと思ってな」



と言うと“…素晴らしく高貴なものを君たちに送ろう”と書く。



「恋文を送る気ですか?!趣味悪っ」


「悪かったな。文句言うな。貰ったもんをどうしようと俺の勝手だ」


「最悪!暇じゃないって言ったのに、子供みたい」



冗談のつもり?


現代人には分かんない。


ここではテッパンなのか?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る