8.義を見てせざるは(七)

お世話になってる人を悪く言われるなんて耐えられない。


それを見過ごせって道理があるんだったら世の中が狂ってるんだ!


そんなのひっくり返してやる。



「絶対ダメ!わたしの中でみんなは、とっくに大事な人たちなんだよ。悪口言われて黙ってられるわけないじゃん!」


「何だ何だ?何怒ってんだよ」



屯所に着くと、何事かとおもしろがって我先に顔を出した左之助兄ちゃん。


続いて集まるみんなも、不機嫌な顔を見て口々に怒りの理由を問う。



「どうしたんだ?これはまた随分と機嫌が悪いようだねぇ」


「売られたケンカは真っ正面から買うわよっ!」


「何と勇ましい…」


「さすが俺様の妹分!何があったか知らねぇが、喧嘩っ早いのが天晴れだな!男だったら隊士として即勧誘、即戦力だぜ。なぁ、新八?」


「はははっ!そうだな、女にしとくのがもったいねぇな!」


「左之助さんも永倉さんもそんなこと言ってないで!現実のかれんちゃんは女の子なんですから…源さんも何とかなだめてください」


「北条政子も巴御前ともえごぜんもこんな感じだったのかねぇ。とすれば、大物になるかもしれないねぇ」


「もう、源さんまでそんな…」


「ははん、さてはあの日か?」


「左之助さんっ!油を注がないでください」


「一体何があった?」


「実は今…」



怒り心頭でそっぽを向いたわたしを気にしながらも事の流れを話す。



「はぁ…何だ」


「何かと思えば、そんなことかよ」


「そんなこと?!」


「大したことじゃねぇよ」



息巻いてるのはわたしだけ。


自分たちのことを言われてるのよ。


何でそんなに平気な顔…



「だってひどいじゃない!よく知りもしないのに勝手なこと言って」


「人間なんぞ、そんなもんだろ。噂話が好きなのはどこの連中も同じさ」


「君の我々を思う気持ちはとてもありがたいがねぇ」


「サイテー!思い出すだけでムカつく!」


「じゃあ、思い出すな」



メラメラと激しく荒れ、怒りの炎は鎮まらない。



「いちいち怒ってたら身が持たねぇぞ」


「言ったろ。俺たちをよく思わねぇ奴等も多いと」



そんな他人事みたいに…永倉さんも土方さんも呆れて笑うなんて。



「あまり噛みつくと、君も悪く思われてしまうよ」


「そうそう。簡単なことさ。気にせず聞き流すんだ」



山南さんや源さんまで、なかなか気が和らがないわたしにいつものオトナの応対。



「わたしは何言われたっていいんです」


「“義を見てせざるは勇なきなり”とはまさに」



そう、ぽつりと。


黙って聞いていた局長が口を開いた。



「私は元々、多摩の百姓の出でね。皆も決して家柄がいいとは言えないんだ」


「家柄って重要ですか?大事なのは志でしょう?」


「関東の田舎者だの、野蛮だの、寄せ集めの浪人集団だの、身分がどうのこうの、人に悪く言われるのは慣れてる。言わせておけばいい」


「いいえ、許せません!人はみんな平等なんですよ。与えられた使命が違うだけで、それを全うしてるのに、なぜ悪く言われなきゃならないんですか?」


「芹沢先生たちはご迷惑をかけたことも多かったし…その印象が強いのかもね」


「そうかもしれませんけど、志もなくただ尊王攘夷の武士だと名乗ってひどいことをする人もいるのに、志を持って仕事してるみんなに対して失礼です」


「かれんさん、君はなんていい子なんだ…我々のために…」


「近藤さん、泣くなよ!」


「生まれ育ちや身分が違っても、人の価値は平等なんですから!大切な人たちが、あーだこーだ非難されるのを黙って見てるわけにはいきません!」


「そなたの言う通り!」



聞き慣れない男性の声がして、声の主のほうへ勢いよく振り向く。



はっとした。


見覚えのある顔。


会津人ならば誰もが知る顔。



今ここに誰が現れたのか…


情報の糸と糸が繋がった。


あれほどの怒りも忘れて目を丸くし、あんぐりと口を開け固まった。



空気がガラリと変わる。


驚いて、戸惑いつつも全員の表情が引き締まった。





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