2.我が上の星は見えぬ(三)

「今日は10月22日、ですよね?」


「いいや、九月の五日だが」


「9月?!」



1ヶ月ちょっと逆戻りしているのは、なぜ…?


次!次!!


別の質問を…



「何か撮影ですか?『新選組』とか、幕末モノの」


「シンセングミ、バクマツ…はて?」



怪訝な顔のまま。



何で?


さっきの水色の羽織は新選組のものでしょ?


よく見る、あの独特の。



「すみません、話が見えないのですが…」


「ここはどこですか?」


壬生みぶ浪士組の屯所です」


「み、壬生…浪士組…?」



頭が混乱する。


この人たちは何者?!


またも眉間にシワが寄る。



「ここ、京都ですか?!」



とっさに聞いたけど、何を言うのだとばかりに首を傾げる。



「はい、ここは京の都のはずれ、壬生村ですが…」



壬生村ってドコ?


その呼び方の違いに不安が膨れ上がる。


壬生寺とか壬生狂言とかの壬生?


“壬生村”ってどういうこと?


壬生寺があるのは京都市内だし。



しかも“京”っていつの時代の呼び方してるわけ?



どこまでが夢で、どこからが現実か分からない。



こんなこと聞いたら…


いやでも!


今はそんなちっぽけな体面を気にしてる場合じゃない気がする。


非常識でバカだと思われてもやむを得ない。


背に腹はかえられないわ!



「ちなみに!日本の首都はどこですか?あーあの!変な意味じゃなくてですね、知らないわけでもなくて…。何というか、念のため…」


「シュト…?」



ふざけてんの?!



「うーん…日本の“都”は東京ですよね?」


「トーキョー?皆目見当がつかんな…」



知らないなんて、現代人じゃありえない。



この人、ホントに日本人?!


…だよね、明らかに。



「それなら、今の総理大臣は誰ですか?!」


「ソウリダイジン…?」



総理大臣…?


って訝しげな顔されても、困る。



「じゃなきゃ、天皇陛下はどちらにお住まいですか?」


「帝なら京の御所にお住まいだろう」


「み、帝?!」


「はい」


「あ…えっと、東京の皇居では…?」


「コウキョ…?ちなみに先ほどから君が言う“トーキョー”とはどこだい?」



東京は東京だよっ!


大都会の東京!



「“東のみやこ”と書いて東京なんですが…」


「東の都なら江戸だろう」


「江戸って…そんなわけ…」



やだ、ヘンな汗が出てきちゃった。



東京を知らない。


でも江戸なら知ってる。


総理大臣も知らない。


挙げ句の果てに天皇、いや“帝”は京都御所にいると言う。



まさかと思うけど…



「“将軍様”のお名前は…?」


「本気で言っているのか?」


「確認のためです。頭を打ったかもしれないから…」


「それは一大事じゃないか」


「だから、わたしの思ってる答えと同じかどうか教えていただけますか?」


「第十四代将軍・徳川家茂いえもち公だよ」



ちょっと待って。


何言ってんの?


ウソでしょ?!


将軍がいるっていうの?


少なくとも、わたしの生まれた世の中には…いないよね?


え?!


もしかして実はいるのかな?



「ペリーは?!黒船来航しました?!」


「はい、ぺルリなら十年ほど前に…」


「ハリスは?!将軍様に謁見しました?!日米修好通商条約は?!安政の大獄は?!桜田門外の変は?!」


「落ち着いて…!すべて過去十年のうちに起きた出来事です」


「うそぉ…」


「嘘ではありません」



嘘だと言って!


それがホントなら、悲惨です。



念のため、最後の一押しをさせて。


できれば聞きたくなかった。



ここがどこなのか。


確実に分かる方法。



現実を知るのが恐ろしすぎて、わざと遠回りしてた。


この問いの答えを聞いたら、一発で打ちのめされてしまう。



「…最後の質問です」


「はぁ…私に分かることでしょうか?」


「はい」



深い深い深呼吸をして。



「今、何年でしたっけ?平成何年ですか?!2千何年ですか?!」


「ヘイセイ?二千?可笑しなことを聞くね」



笑って悲劇的な年号を口にした。



「文久三年だよ」


「ぶ、ぶ、ぶんきゅう…?」



まさか…そんなこと…


へなへなと全身の力が抜けていく。


ぼんやりと思っていたことが確信に変わった瞬間だった…



“ぶんきゅう”って何?!


この人たちがホンモノの新選組だとしたら、ここは江戸時代で、しかも幕末ってこと?


さっきのは殺陣じゃなくて、ホンモノの斬り合いだっていうの…?!



そんな…映画やマンガじゃあるまいし!


それとも童話の魔法使い?!


神隠し?!



今、21世紀だよ?!


科学が進化し続けてる時代に、こんなことってありえんの?!



わたし、タイムスリップ…しちゃったのかな?



どうしよう…


何で…?!


ありえない!!



わたしがいた21世紀の京都で、あのとき一体何が起こったの?





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