2.我が上の星は見えぬ(二)

「何でもいいので、ニュースが見たいんです」


「にゅう…?すまねぇ、分かるように話してくれ」


「え…?」



もしかして、そういうコンセプトの旅館?


日常を忘れてリラックスするために、テレビもパソコンも新聞も、近代的でデジタルなモノや情報はあえて置いてません、みたいな。


電気はランプだったりして、暗くなったら寝て、明るくなったら起きる、っていう。


ときどきあるもんね、そういう旅館!



「失礼するよ」



静かに襖が開いて現れたのは、またも侍姿の男の人。


知的で紳士的な雰囲気。


穏やかな声。


この先、侍が何人出てくるわけ?



土方ひじかた君、近藤さんがお呼びだ」


「ああ、分かった」


「あのっ!」


「どうした?」


「外の空気を吸いたいんですが…」


「足、気をつけろよ。掴まれ」


「すみません…」


山南やまなみさん、すまねぇ」



ひょこひょこと痛む足を引きずり、ふたりに支えられて外へ。



何、この緊張感。



「気晴らしか?」


「その、町の様子を…」



門をくぐり、目に飛び込んできた景色は…



「ウソでしょ…」



眉を寄せ、口を開けて固まった。



電柱も電線も街灯も。


ビルもない。


そもそも京都に超高層ビルはないけど。



「コンクリートじゃないし…」



それどころか車の走る音が全くしない。


響き渡る虫とカラスの声。


いやいや、今いるのは田舎のほうなのかも。



でもさ…


どんなに田舎だって電線や標識やカーブミラーはあるに決まってるじゃん!



「ここ、どこ…?」



とにかく、この状況を分かるように説明してよ。



「これ、セットですよね?映画ですか?ドラマですか?!」


「何…?何言ってやがる。頭でも打ったか?」


「え?」


「え?って…聞きたいのは俺たちのほうだが」



どういうこと?


映画でもドラマでもないなら何なの?



「じゃあ…コスプレ?観光客向けの変身写真とか…ですか?」


「はぁ?!」


「土方君、こちらのお嬢さんは…?どこのどなたで、何を仰っているんだい?」


「俺にはさっぱり…。山南さん、あんたのほうが賢いだろ」


「いえ、私も何のことやら理解しかねる…」



他に考えられることは?


だめ…思い浮かばない。


頭も気持ちもスッキリしないままでは。



話がまったく通じない。


確かにこの人たちが話すのは日本語だけど、さっぱり伝わらないのはなぜ?


目の前にいるのは日本人のはずなのに。



「近藤さんには?」


「いや、まだ」


「あっ!」


「今度は何だ…」


「もしかして茶道?日舞?歌舞伎役者?伝統芸能的な?!」



くるりと背中を向け、わたしと距離を置いて耳打ちする。



「…こいつ、大丈夫か?」


「ぼーっとして意味不明なことを口走る…。医者を呼んだほうがいいのでは?」


「そうだな。斬り合いの場に居合わせたから、精神的にやられちまったかもしれん」



何を話してるのかは聞こえなかったけど、意見が一致したんだろう。


顔を見合わせ、うん、と同時に頷いた。



「足も挫いているし、医者を呼ぼう」


「あの、今、保険証持ってないんですけど…」


「は?」



混乱してる割に、意外と現実的な言葉が出た。



「さっきから意味の分かんねぇことばっかり!何が言いてぇんだ!」


「まぁまぁ土方君、落ち着いて」



そんな…


それじゃあ、わたしの頭がおかしいみたいじゃない。



ん?


ちょっと待って、今何て言った…?


“ヒジカタ君”って言わなかった?


少し前に“コンドウさん”っても言ったような…



そうか!


あの水色の羽織、見覚えがあると思ったら。



嫌な予感…


違う!


だって、そんなファンタジーなこと起きるはずがない!



心の中で言い聞かせる。


まさかね…


絶対、ぜぇっっったい!


そんなわけない。



「とにかく布団に戻れ!もう暫く休んでろ。山南さん、頼む」


「はいはい」



あたしを侍紳士に預けると、“ヒジカタ”さんはその場を後にした。




どうなってんの?!


何が何だか…理解不能!


むしろここは日本なのか?



「君は一体誰だい?」



その一言にはっとし、現実に引き戻される。



“ヒジカタ”さんとは対照的。


温和で親切そうな人柄が内面から滲み出ている。



「わたし、あの方に助けていただいて…」



動揺のせいで、質問を無視した答えを口走った。


っていうか、あなたこそ誰?



「あ…ケータイ!」



枕元に置かれていたバッグの中をガサゴソとかき回す。



「あったぁ!」


「その道具は?」




【20XX年10月22日17:11】



ほっと安堵のため息。


けれど、圏外だということにちっとも気付かず…



優しいオーラを持つこの人に思い切って聞いてみる。



「あの、時代祭は…?」


「時代祭とは?」


「え…?京都の三大祭りですよね?」


「三大祭り?そんなものがあっただろうか?祇園祭と五山ござんの送り火ならば分かるが…。ああ、それに、朝廷で行われる葵祭も聞いたことがあるね」



有名なのに知らないのかな?


京都にいるのに。


まぁ、いいや。



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