2.我が上の星は見えぬ(一)

ぱちっ。


目が覚めた。


よかったぁ、夢で…



あんなの、目覚め悪すぎ。


そりゃ涙も出るよ。


よっぽど怖かったのね。



落ち着いたところで、深いため息。


ぼんやりと天井の木目を見ていた。



あれ…?


ここ、わたしの部屋…?



「じゃない!」



自分の部屋の白い壁と天井がない!


ベッドではなく、見慣れない6畳ほどの和室に敷かれた布団。


ばさっと慌てて飛び起き、部屋を見渡す。



「痛っ…」



足を挫いたのは夢の中だったはず。


ズキズキと痛む右の足首。


熱を持っているのが分かる。



それよりここ、どこ…?


誰の家?


一瞬にして不安に襲われ、加速する鼓動。



うーん…


眉間にシワをよせて考える。



病んでる?


まだ夢の中なのか…


考えても考えても全然分からなくて頭を抱えた。



襖の向こうから足音。


誰かこっちに来る!


寝たフリしようか…



「あ…」


「目ぇ覚ましたか」



さっきの人…


普段、人見知りなんてしないのに無意識にバリアを張る。



やっぱり何かの撮影だった?


袴姿に時代錯誤な髪型。


ストレートの黒い艶髪。


肩に届くほど長い髪をポニーテールのように後ろでひとつに束ね。


カツラにしては超自然な髪型なんですけど。


じーっと見て境界線を探す。


地デジ対応なの?


まさか地毛?


役作りってやつ?



メイクはしてないのね。


さすが俳優さんは違うわ。


知らない人だけど。


こんなカッコイイ人、いたっけ?


舞台俳優?



「きれい…」



端正な顔立ち、雪のように白い肌。


わたしより色白なんじゃないか。



「俺の顔がめずらしいか?」


「いっ、いえ…すみません…」


「具合はどうだ?逃げようとした時に捻ったんだな」


「…そうみたいです。まだ痛みますが…大丈夫です」


「そうか」



怯えながら小さな声で答える。



あ、薬の匂い。


処置してくれたの?



「あの…」


「うん?」


「手当てしていただいて、ありがとうございます」


「造作もねぇよ。見せてみろ」


「えっ?ちょっ…」



強引に布団をめくり、足首に巻かれた包帯を解いていく。



「腫れがひかねぇな。捻挫だろうから、すぐ良くなるさ」


「はぁ…」


「これで冷やせ」



水を張った桶で手ぬぐいを絞ってくれた。


桶…洗面器じゃなくて?


手ぬぐい…タオルじゃないんだ。



何か妙な違和感を感じていた。


これといった確信はないけど。



ここ…


旅館や楽屋だとしても電気がない。


テレビもコンセントも。


ただ単に置いていないだけ?



この人の言葉遣いだって変。


まるで時代劇だ。


醸し出す雰囲気も何か違うのよね。


空気が違うというか、ニオイが違うというか…



「てやんでいべらぼうめ…的な?」


「あ?」


「へっ?あっ、いえいえ…」


「これ飲んどけ」


「薬、ですか?」


「打ち身やら挫きによく効くぞ」



薬の包み紙を開けてギョッとする。


真っ黒なんですけど…


何なの、これ本当に薬?


こんな怪しい黒い薬、飲めない…



薬を凝視したまま固まっていたわたしに。



「ほら、水だ」


「あー…はい…」



水を受け取ったものの、得体の知れない薬とやらを飲む勇気が出ない。



「一気に飲んじまえ」



この人、真顔だ。


親切心で真剣に効くと思ってすすめてくれているのは分かった。



ふう、と息を吐く。


息を止めて、意を決して口にした。


とにかく味が消えるように水を飲み干す。



「ありがとうございます…」


「お前、どういう髪型してんだ?初めて見るな」


「初めて…ですか?」


「どこの髪結いにやってもらった?それとも自分で結ったのか?」


「髪…結い…?」



何、その古風な言い方。


美容室のこと?


古風に言うのが流行ってんの?



「面白い。見せてみろ」


「ちょっ…」



ぐっと顔を寄せて、まじまじと。


近い、近いっ!



おもしろいって…


失礼な。


普通なんですけど。


むしろ上出来。


編みこみも上手にできたし、かんざしはお気に入りの1本。


友達も褒めてくれた。



「縮れ毛だな」


「パーマが取れかかってるので、コテで巻いたんですが…」


「ぱぁま…?」


「え?パーマですけど、これ」


「はぁ?!」



は?!って。


どんだけ時代遅れなの?!


流行りに興味ないとかいうレベルじゃないし!



時代祭にはレンタル着物で行こうってことで、本日は大和撫子気取り。



てか、みんなドコに行ったの?!


何も言わずに置いてくなんてひどい!


けど、まあ、いいや。


とにかく何でもいいから情報がほしい…



「あの…テレビを見せていただけませんか?」


「は?てれび…?」


「はい、ありませんか?パソコンでも…ネット繋がってますよね?」


「何だか知らねぇけど、ねぇな」


「そうですか…あ!じゃあ、新聞はありますか?」


「しんぶん…?」



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