1.悠久の時を超え、可憐な花は咲く(三)

「おい、そこの娘さん」



さっきの侍に再び声をかけられ、ビクッと肩を震わせた。



追いつめられた袋のねずみ。


悪夢はいつまで続くの?



「顔が真っ青だぞ。逃げ遅れて腰抜かしたか?」



何で話しかけるわけ?


構わず帰ってほしいんだけど。



「家はどこだ?送ってやろう」



ぶんぶんと勢いにまかせて首を横に振る。


断固拒否!



余計な気は回さなくて結構。


とにかくわたしのことはほっといて。



警戒心の塊。


今し方、血みどろの決闘をしていた人に心を許せってほうが無理な話だと思わない?



チラリと上目遣いで侍を見る。



あれ…?


どこかで見たことある顔…


思い出せない。


この人が着る羽織にも見覚えが…


何だったっけ…?


まあ、いいや。


他人のそら似ということにしておこう。



未だに言葉が出ず固まっていると、体がひょいと宙に浮いた。


わたし、どうやらお姫様抱っこされたのだ。



さっ、さらわれる~!


拉致?!


監禁?!


誘拐?!



どこかに連れていかれる、何かされる…かもしれないというさらなる恐怖。



「…お、下ろしてくださいっ」



やっとの思いで声を振り絞った。


なのに。


声が小さかった?



聞こえなかったのか。


それとも無視したのか。



わたしを抱えたまま平然と歩き始める。



「お前っ!暴れるな!」



両足をジタバタと上下に動かし抵抗した。


…が、敵わなかった。



「いたっ…!」



ズキズキと右の足首が痛む。


いつ捻ったの?


夢って痛みも感じるんだっけ…?



「この子は?」


「この短時間でいつの間に引っかけたんだ?」


「そんなんじゃねぇよ」


「またまた!すっとぼけちゃって」


「隠さなくてもいいんだぜ」


「いくらなんでも、斬り合いの最中に女に声かけるか!」


土方ひじかたさんなら十分ありえるだろ」


「馬鹿言ってねぇで帰るぞ!」



仲間…?


何なの?


この人たちは。



仲間という証だろう。


全員が同じ羽織に袖を通している。



続々と同じ姿の侍たちがこちらに集まり。


顔を覗いては口々にわたしのこと、何か言っているようだ。


途切れ途切れ、彼らの会話が耳に入ってくるものの、頭にはまったく入ってこない。


考えるべきことが多すぎて、耳から抜けていってしまう。



完全なるパニック状態。


目まぐるしい展開に目が回る。


平静を装うことは不可能。



「草履、片方なくしたのか?たぶん挫いた時だな。慌てちまったんだろ」



あれ…本当だ。


足を挫いたほうの、右の草履が片方ない。


気がつかなかった。


今のわたしにはそんなこと、やっぱりどうでもよくて。



「この子、口がきけないんですか?」


「いや、さっき声を聞いた」


「顔色が良くないが」


「無理もないさ。逃げ遅れてここに隠れてたんだ。見たくもねぇもんを見ちまっただろうよ」


「そうだな…可哀想に」


「見つかったのが俺たちでよかったよ。あいつらに見つかってたら、何されてたことか」


「すっかり怯えた目をしちまって。安心しろよ。もう大丈夫だからな」



複数の男の人の声。


どの声が誰のものなのか。


顔と声とを一致させる余裕はなかった。



見知らぬこの人に抱えられるような展開になるなんて、不覚。


もうすでに抵抗する力はないけど。



第一、この人たちは何者なの?


俳優なの?


人斬りなの?


どっち?!



さっきはあれほど殺気立っていた人たちだけど、襲われそうな感じはしない。



そんな気がする。


直感。


根拠は、ない。



もしかしたらこの人は、単に親切心で助けてくれたのかも。


そう見せかけて、実は…なのかもしれないけど。



だから、どっちなの?!


疑心暗鬼で素直に受け取れない。


どちらにしても、果たしてわたしは大丈夫なんだろうか…?



「そんなに怯えてなくても大丈夫だ」



また、わたしに話しかけてるの?


何を言われても、今は応えられないの。



たった数十分しか経っていないはずなのに、この疲労感は何だろう。


さすがに、人が斬られてあんな大量の血…なんて見たら気が滅入っちゃう。



あ、でもこれは夢だもの。


悪夢だ…


こんな怖い夢もう嫌。


お願いだから早く目覚めて!


夢から覚めて、「やっぱり夢だった」と言って、ほっとしたい。


全く休んだ気がしないし、間違いなく寝不足だ。



「安心しろ。怪我人や病人をとって食うようなことはしねぇよ」



信じていいの…?


ああ、なんだか意識が遠のいていく…


こんな場面に遭遇したら、夢でも失神しちゃう。



「おいっ!」


「………」



腕がストンと落ちる。


侍に抱えられたまま、気を失ってしまった。




夢かと思った。


夢ならよかった。


どうか夢でありますように、と何度も願った。



まさかこの時、自分の身にとんでもないことが起きているなんて…





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