1.悠久の時を超え、可憐な花は咲く(二)
目を背けても、苦痛の声とともに刀で斬り合う音が耳に入ってくる。
堪らず耳を両手でふさいだ。
怖い…何これ…
最近のドラマも映画も、こんなに写実的だったっけ?
いかにもチャンバラが日常的みたいに。
写実的も何も、21世紀じゃこんな果たし合い、まず起こらない。
撮影じゃない…のかな?
それなら何…
あ、もしかして夢?
そうだ!
そうに違いない。
こんなこと、ありえるわけない。
だって今は平成だから。
白昼堂々、こんな道のド真ん中で血が流れる斬り合いが起こるわけないもん。
そうじゃなきゃ“銃刀法違反”とか“殺人未遂”とか“殺人罪”で捕まるのよ。
まさかそれを知らないわけないでしょ。
夢の中で「これは夢だ」って分かること、ホントにあるのね。
それにしてもなんて夢。
血の匂いがきつい。
うっ…気持ち悪い…
やばい…吐きそう。
何でこんな夢見るわけ?!
だいぶ疲れてるのね。
夢とはいえ…こういう場合、逃げるべきよね?
賢明な判断。
見つかったらとんでもないとばっちりをくらいそうだわ。
そうと決まれば早く逃げなきゃ。
見つからないようにさっさと逃げよう。
あれ…
嘘でしょ!
腰を抜かして体に力が入らない。
どうしよう…
一刻も早くここから逃げたいの。
腕も足も手の指にさえ力が入らない。
「おい、お前!」
人の声、気配に心臓が飛び上がる。
お前…って、わたしをお呼びでございましょうか、もしや…?
下を向いていても、誰かの人影が自分の体に重なるのが見える。
恐る恐る顔を上げると…
わたしを見下ろす、血のついた鬼の形相。
この状況でも、眉ひとつ動かさない。
返り血っていうんだろうか…顔や首、着物に赤い血染みが付いていた。
しまった、見つかった…
絶体絶命。
四面楚歌。
危険に瀕したときの言葉ばかりが頭に浮かぶ。
“顔面蒼白”って今のあたしにぴったりの四字熟語。
「ここで何をしている?」
ゴクリと生唾を飲む。
心臓をもぎ取られそう。
刃を下に向けて右手に持つ刀から、血がしたたり落ちた。
この人の凄まじい迫力と、見つかってしまった恐怖とで言葉が出ない。
あまりにも恐怖を感じたときは声が出ないと聞いたことがある。
どうやら本当なのね。
わたしなら絶対、ホラー映画みたいな悲鳴をあげると思ってた。
てゆうか、そんなのどうでもいい。
そんなことより、巻き添えで殺されちゃったりしないよね?!
まだ死にたくない!
うら若き乙女なんだからねー!!
夢でも死ぬなんてイヤ!
ものすごーく不吉じゃない。
夢なのに…
夢って分かってるのになぜ声が出ないの?
もし、わたしを殺したら、一生恨んでやるっ!
死ぬまで憑りついて許さないんだから。
頭の中がぐるぐるする。
パニックで真っ白だ。
「絶対に出てくるんじゃねぇぞ」
えっ…?
恐怖心に反して、侍は再び斬り合いに戻って行った。
なん…なの…?
殺されなくて済むの?
拍子抜けしたせいで、脱力感が体を襲う。
地面に腰を落としたまま、ぼんやりと考える。
これは俳優さんたちの演技?
演技力には脱帽だけど…何だか腑に落ちない。
それとも、やっぱり夢?
“時代劇の撮影の夢”を見ているんだろうか。
今までに一度だってこんな夢、見たことない。
分からない…
どこまでが現実で、どこからが夢?
そもそもわたしは今、どこにいるの?
ワープでもした?
それこそありえない。
自分がどこにいるか分からないなんて、もしかして記憶障害か何かの病気なんじゃ…
いくら考えても答えは出ない。
いっそ、答えが出ないのなら、勝手に夢だと思い込んでしまおう。
それがいい。
現実逃避?
それでもいい。
だって、こんな意味の分からない現実があるわけないのだから。
どのくらいの時間が過ぎたのか。
もしかしたらほんの数十分の出来事なのかもしれないけれど、果てしなく長い時間に感じる。
場の空気の変化に、ハッと我に返る。
斬り合いは終わったんだろうか?
激しい刀の音が止み、生々しい人の声も悲鳴も聞こえなくなった。
耳をふさいでいた両手をゆっくりと離す。
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