13.心恋し[うらごいし]、月下の君(二)

「只今戻りました!」



平助さんの明るい声。


見廻りに行っていた土方さんたちが戻り、壬生寺へ顔を出した。



「おかえりなさーい!」


「かれんちゃん?!」


「かれん!今度は馬か。次は俺が槍、教えてやろうか?」


「左之!」



土方さんがそれ以上言うなとばかりに制止した。



「別にいいじゃないですか。馬に乗るくらい」



沖田さんが味方してくれる。



あ、斎藤さんまでびっくりしちゃって。


女が馬に乗るのがそんなにめずらしいことなの?




それはさておき。


恋をしてからもとの時代に帰りたいって気持ち忘れてた。


恋の力ってすごい。



そりゃあ、戻れないと困るよ。


困るけど、戻ったら土方さんにも、みんなにも二度と会えないんじゃないかな…


それも困るんだよねぇ。



思ったんだ。


土方さんが他の誰かに見せる顔は知らない。



新選組副長としての顔も。


イタズラしたときの怒った顔も。


わたしをからかう顔も。


ときどき見せる優しい顔も。



わたしだっていろんな表情を知ってる。


他の人と比べることじゃない。



生まれた時代は違くても。


一緒にいればドキドキして、目が合えばただただうれしい。


話しかけられたら舞い上がって。


真剣な姿を見てときめく。


からかわれればスネてみたり。


モテる人だからって不安になったり。



ほんの少しのことで心のメーターが左右に揺れ動く毎日。



どうしたら土方さんが本気の恋をするかは分かんない。


それに、恋が実るか実らないかなんて誰にも分からない。


それはどこで誰に恋しても同じこと。



弱気になったり、泣くことがあっても。


いつもと変わらない、普通の女の子として恋がしたい。



これが今のわたしの精一杯。


精一杯、好きだよ。




「気をつけて」



沖田さんに支えられて馬から下りる。



「うわぁ…本当に何てきれいな青い瞳なの!」


「片目だけが碧眼なんだね、めずらしいな!」


「オッドアイ…初めて見た」



潤む左右の瞳。


右目は明るい茶色、左目は深い青色。


まるで、琉球ガラスのような海の青。


雲のない晴れた日を映したような大空の青。


吸い込まれてしまいそうな、神秘的な青。



栗毛の体に、金色のたてがみとしっぽ。


バサバサの長いまつげ。


太陽の光に反射して、毛並みが美しくツヤツヤと輝く。


まるでサラブレッドみたい。



「金色のたてがみに碧眼、美しいな」


「尾花栗毛だよ」


「尾花?」


「ススキの穂のことを“尾花”と言うんだ。たてがみやしっぽがススキのような金色だろう」


「本当だ、ススキみたいだ」


「さすが山南さん、物知りだな」


「ため息がこぼれるほど見事な馬だ」


「気性が穏やかなら完璧だね。また鼻息荒くして」


「いいじゃない、気性が激しくても。新選組の馬なのよ。勇ましくて当然だわ」



人の声に少し興奮をしたのか、声を上げてくびを左右に振り、たてがみを揺らす。



「離れたほうが…」



興奮を落ちつかせるよう、左側の頸をそっと優しくなでた。



「今日はありがとう」



耳を立てて、あたしを見つめる。



「ふふっ、耳も目もかわいい!いい子ね。これからもよろしくね、つばさ」


「つばさ?」


「西洋の神話にペガサス…じゃない、天馬という翼の生えた白い馬がいるんです。空を翔るんですよ」


「へぇ、天翔る馬か」


「お世話の仕方、教えてください。人も動物も、愛を込めれば応えてくれるから」



後ろに振り向いたその時、土方さんとバチンと目が合った。



もう、瞳はそらさない。


この恋から逃げないよ。



思いっきり笑顔を見せてあげた。


そしたら、いつものように鼻で笑ったけど、今日は何だか嫌じゃなくてうれしくて。


ばれないように少しはにかんで、つばさの手綱を引き厩へ向かった。



不思議ね。


世界が違って見える。


何も変わってないはずなのに、キラキラして見える。


過ごす日々が楽しくて仕方ないの。



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