12.恋をするとは思わなくて(一)

まだドキドキが止まらないの。


目が冴えて、眠れなかった。



顔を合わせても反りが合わなくて。


むしろ、どっちかって言うと苦手だったじゃない。



女好きで、あちこちに手をつけた人がいるなんて。


嫉妬、苦悩。


自分でその道を選ぶの?


つらく苦しい想いをするんじゃないの?



だからって諦めるのは違うと思う。


傷付きたくない、苦しいから恋しないなんて逃げてるだけ。



違う。


恋なんかじゃない。



認めたくない気持ちもある。


認めたくないと思えば思うほど、土方さんが浮かんできては悩まされる。



この気持ち、認めていいの?



歴史の流れよりも、世の中の動きよりも。


これからどうなるのかという、漠然とした不安よりも。


それより何より、今いちばん気になってる明確な不安。


ここでは遊廓が当たり前だということだ。



江戸の“吉原”のように、京には“島原”という花街がある。


屯所の近くにあるから、多くの隊士たちが通う。



局長や副長クラスの人のお相手は、きれいで一流の芸妓に遊女。


新選組副長というステータス。


羽振りがよくて、かっこいい。


そういう人は女性に騒がれる。



でも、それって本当の恋なのかな?



土方さんにはあちこちに馴染みの太夫がいると聞いた。


島原、北野上七軒きたのかみしちけん、祇園…


島原の芸妓にも位があり、最も位の高い人を“太夫”という。


吉原最上の花魁みたいな。



もちろん、純粋に恋に落ちて、好きあうことだってありえる。


身請けされて、奥さんやお妾さんになったっていうのも聞いたことあるし。



幸いなことに、土方さんには結婚願望がない…らしい。


女の人と遊んだり、恋をすることは人より少し、いや数倍多いみたいだけど。



でも、赤ちゃんができたらどうするんだろう…


やっぱり身請けするのかな?


遊女は妊娠したら中絶すると聞いたことがある気もするけど、江戸時代の避妊って一体どうなってるの?


出産も命がけだというのに、中絶だって同じなんじゃ…


そんな色恋の都合で、赤ちゃんの命も自分の命も大事にできないなんて…



せめて知らないところで遊んでくれればいいのに。


新選組は男所帯だから、そういう話が嫌でも耳に入る。


大量のラブレターも、女の人との噂も。


今まで何とも思わなかった。



絶対好きにならないって思ってたのに。


何でよ。


こんな急なの、困る。



女性に不自由していない土方さんが、わたしを恋愛対象として見るとは思えない。


しょっちゅう沖田さんとイタズラなんかして、女だと思われてない可能性大!


気は強いし、問題は起こすし…ダメダメだ。


はぁ…撃沈。



てゆうか、こんなこと考えてる時点で好きなんじゃない。



分かった、降参。


認めますよ。


認めればいいんでしょ。



こればっかりは。


どんなに否定したって逆らえない。


ああ…不覚だわ。


ここで恋なんてするとは思わなかった。



今日だって島原に出かけた隊士がいる。


幕府から恩賞金が出たから。


たぶん…ううん、絶対に土方さんも行ってる。



他の女の人がいてもいいなんて。


あいにく、そんな割り切った考えは持ち合わせていない。


とんでもない話!


側室や妾を持つことが普通の時代なのかもしれないけど、嫌なものは嫌!


そんなことできない。


絶対無理!!



江戸時代では芸妓や遊女じゃなくても、恋愛や情事を楽しめる艶っぽい女の人がモテるらしい。


町の人も、ナンパされたらお誘いを無下に断ったりはしないようで。


その男の人が好みのタイプだったら、っていう前提なんだろうけど。


結婚と恋愛はまったく別物で。


銭湯も混浴で衝撃だし…恥じらいはないの?


性に対してもオープンというか、おおらかというか。


思い描いていた大和撫子のイメージと違うんだけど…


もちろん、公家や武家のお姫様は結婚前にも後にも、そんなことあってはならない話。


そうか、現代人にとってはそういうお姫様が大和撫子の勝手なイメージなのかも。



現代では遊んでいてふしだらだと言われても仕方ないと思うんだけど、ここではそれが粋でいい女らしい。


わたしにはよく分かんないわ…



逆さまに考えてみれば、花街のお姉さんたちはその道のプロ。


商売なわけだから、本気にはならないかも。



いや、でもなぁ…


相手は百戦錬磨の土方さんだよ。



そもそも、花街の女の人の色気にわたしが敵うわけないじゃん。


太刀打ちできない。


返り討ちだよ、間違いなく。



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