11.恋の最初のまなざし(五)

わたしと話がしたいとご指名をいただくとは。


普通に考えて絶対にあり得ないこと。



こんなふうに面と向かって話すことは恐れ多いし、未だに信じられない。


数回のお目通りで粗相も多々あっただろうに、大きな心で許してくれる。


寛大なお殿様だなぁ。



「それにしても會津候はかれんちゃんが気に入ったみたいだね。はい、文が届いたよ。前のお忍びから二週間くらいかな?」


「わたしが会津の娘だからですよ」


「ピアノもまた聞かせてほしいって言われたんだろ?」


「もう二度とそんな機会はないって思ってたんだけど」


「この大量の譜面!全部稽古すんのか?」


「もちろん!容保様がくださった楽譜だもん。死ぬ気で練習しなきゃ」


「會津候がお認めになったんだからよ、かれんは新選組の楽師だな!んじゃ、俺はちょっくら」


「左之助さん、どこ行くんですか?」


「んにゃ、野暮用さ…」



とか何とか言っちゃって!


鼻歌を歌い上機嫌。



「バレバレだよね」


「わたしたちは知らないと思ってるんだから当然ですよ」



行き先はひとつ、例の彼女のもとへと。


もとい、彼女の“代理人”のもとへと。


どうやら毎日毎日、雨の日も風の日も積極的にアプローチしてるみたい。


どっからどう見ても肉食男子よね。



左之助兄ちゃんの愛しの君。


菅原まさちゃん。


仏光寺通ぶっこうじどおり喜吉町きよしちょうの高嶋屋という大商家の次女で年は16。


背も小さくて、守ってあげたい系の可愛らしい子みたいだ。



お父さんはすでに亡くなっていて、お店のほうはお兄さんが跡を継いでいるとか。


どうやって調べたのか、沖田さんが教えてくれた。



どうやら、この間左之助兄ちゃんが会っていた女の子はまさお嬢様ではなく。


お嬢様のお付きの女中さんだったそうで。



「そりゃあ、そうだよ。大商家のお嬢様ともあれば箱入り娘さ。お付きも付けずに出歩くなんて、ましてや男と逢い引きなんてありえないよなぁ」


「そっか。お付きの方に手紙を渡すように託したってわけね」


「何でも、名字帯刀を許されたお家柄らしいよ」


「筋金入りのお嬢様かぁ。えっ?てことは、ご両親が決めた許嫁とかいるんじゃ…」


「あ…ありえない話じゃないな…」



うまくいくといいなぁ。


許嫁なんかいませんように!


万が一、許嫁がいたとしても、どうにか理解してもらって祝福されるといいなぁ。



いつの時代も、恋のときめきやドキドキは変わらない。


それがすごくうれしかった。



がんばれ!


左之助兄ちゃん。


早くおおっぴらに応援したいけど…ガマン、ガマン。



「沖田さんは好きな人、いないの?」


「いないよ」


「そう?みんな、島原に行ってるのに」


「そりゃ、私もお供したことはあるけど」


「土方さんなんて、太夫たゆう芸妓げいぎに何人も器用に相手してるんでしょ。信じらんない!知ってます?あの山積みのラブ…恋文!」


「土方さんは昔から手が早いから。モテるのも分かるだろ?」


「来るもの拒まず?拒むことあるのかな?」


「さすがに土方さんだって拒むことはあるよ」


「あっちこっちに女がいるってどうなわけ?」


「もしや土方さんが気になるの?」


「違います!絶対嫌だ~!わたしだけを見てくれる人じゃなきゃ」


「ムキになっちゃって」


「もう~!沖田さんの話してたんですよ」


「私は今はそれどころじゃないから」


「その発言は、町中まちじゅうの女の子が泣くわね。恋よりも剣?」


「うん、近藤先生の役に立ちたいんだ」


「十分お役に立ってるじゃない」


「まだまださ。すぐ子供扱いするし…」


「すごいなぁ。自分の道を決めて」



わたしなんて、まだなーんにも。


英語好きで、外国と関わる仕事がしたいと思って大学も選んだけど、将来これがしたい!ってのもまだ模索中。


アメリカかイギリスか、英語圏に留学してみたい。


でも、まだ将来は見えてない。



沖田さんみたいに見つかるかな?


自分の道が。



はっきりとした志。


自分の道を行く姿が、今日は立派な大人に見えるよ。



そんなことを話しながらおつかいに出る。


手伝いという名目で一緒に来た沖田さん。



「左之助さんとおまさちゃんに何か進展あるかもしれないから」



って…完全におもしろがってる。


ま、左之助兄ちゃんの恋を応援したいってことだよね。


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