11.恋の最初のまなざし(四)

いっそのこと、ホストクラブならぬ…美男茶屋とか!


ふふふ…要検討だわね。



「いかがした?時折笑みを浮かべて。予の顔に何か付いておるか?」


「へっ…いえ!いえいえ!」


「そうか?」


「大したことではございません…大変失礼いたしました…。あ!容保様はお忙しいのにこちらへいらっしゃってお体に障りませんか?」


「いいや、その逆なのだ。塞いだ気が晴れる。会える日を楽しみに待てば、政務をこなす活力となるのだ」


「左様でございますか。わたしたちはいつでも喜んでお迎えいたします」



何と麗しいほほえみ!


見つめられたら、ふにゃふにゃになりそう。



「ああ、そうであった。これを」



あ、会津葵の御紋。


菫のような紫色の絹の風呂敷包みを広げた。



「あの、こちらは?朝鮮人参でございますか?」


「左様、會津で栽培した會津和人参だ。御薬園おやくえんより取り寄せた」


「御薬園からでございますか?!」



御薬園とは、若松城外堀にほど近い会津松平家の別荘保養所であり、四季折々の草花や薬草が栽培されていることから、庭園としても歴代の会津藩主に愛されてきたそうで。


真ん中には大きな心字こころじの池。


江戸時代、当時の藩主が民を疫病から救うために薬草園を作り、御薬園の名で呼ばれるようになったとか何とか…


その後会津では御薬園で朝鮮人参…会津和人参とも呼んでいるようだけど、その栽培が始まり、民間に奨励普及させた。


それから時は過ぎ、鶴ヶ城、飯盛山いいもりやまとともに観光地のひとつとなりましたとさ。


現代でも会津の朝鮮人参というと、メジャーではないにしろ、数少ない日本の栽培地だったような。



「以前から不思議に思っておりましたが、なぜ会津では朝鮮人参の栽培が盛んなのでございますか?もともとは韓国…朝鮮のものではございませんか?」


「左様。朝鮮通信使によって我が国に人参がもらたされた。徳川将軍謁見後、朝鮮の上官たちは江戸の會津藩上屋敷を訪れるのが慣例となっておるのだ。保科正之公が四代・家綱将軍の後見役を務められていた縁からだ」


「なるほど…それで會津にも人参が贈られたのでございますね」


「我が會津藩は幕府の許可のもと、かねてより會津和人参を栽培し、漆器、陶器、酒造、養蚕、紅花などと共に民間にも広く栽培奨励しておる。して、その會津産の人参を長崎の港から清国へ輸出しておるのだ。人参奉行と農民の努力の賜物であるな」



会津藩も清国との間で貿易をしていたのね。


人参奉行なんて担当部署があるくらいだから、この貿易にかなり力を入れてるみたい。


朝鮮人参は高価なものだし、結構儲かってるのかな?


京都守護職拝命で、かなりのお金がかかると山南さんも言っていたしね。


ここは是が非でも利益を出さなきゃ。



「それでは、そのように貴重なものをわたしたちが頂戴するわけには参りません。しかも、御薬園で栽培された人参であれば本来…」


「良いのだ」



本来、お殿様やお姫様のお口に入るものでは…と言いたかったのだけど。



「滋養強壮、疲労回復に効くというから新選組の皆のために使うがよい。そして會津のもとで日々励んでくれれば何よりだ。そなたもそうは思わぬか?」


「そう仰いますと確かに…」


「であろう?」



そう言って、容保様はちょっと誇らしげに笑った。



「早速、本日より煎じるなり、調理するなりしてやるとよい」


「はい、かしこまりました。ありがたく頂戴いたします」


「それからな…実は」


「いかがなさいましたか?」


「実はだな…そなたが好みそうな贈り物があるのだ」


「もったいのうございます!そのようにお気遣いいただいては…」


「広い世界を見たいのであろう?世界地図にピアノの楽譜だ」


「わぁ…!ショパンだ!それにモーツァルト、ベートーベン、メンデルスゾーン、シューベルトにリストにシューマンも」


「何が良いやら分からぬ故、このようになってしまったが…目を輝かせて。気に入ってくれたようだな」


「ですが…」


「何も言わず受け取ってくれ。予がここへ来ては他愛もない話をするのを、時間を割いて聞いてくれる。そなたへの恩返しだ」


「恩返しなどと仰らないでくださいませ。初めてお目にかかったあの日、ピアノを褒めていただき、わたしの声を聞いてくださいました時から、容保様のお力になりたいと、勝手ながら心に思い続けております」


「分かっておる、そなたの真心は。ならばどうであろう。これを稽古し、またピアノを聞かせてほしいのだ、と言えば」


「はい、それならばお任せくださいませ!お安い御用にございます。では…ありがたく頂戴いたします」


「楽しみであるな」


「あの…とてもうれしゅうございますが、京と会津の往復にも莫大な費用がかかると伺いました。このご時世ですから、お国のために有意義にお使いくださいませ。わたしたち民も倹約をせねば申し訳がたちません」


「相分かった。だが、案ずるな。これは長崎の異人から譲り受けたものだ」


「長崎から!左様でございましたか」


「気兼ねなく受け取ってくれ」


「ありがとう存じます」


「失礼致します。殿、そろそろお時間にございます」


「ああ、今行こう」


「どうか、お体をご自愛くださいませ」



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