11.恋の最初のまなざし(三)
「かれんにございます」
「来たか、入れ」
「失礼いたします」
「来る衆ない、近う寄れ」
「おいでなさいませ。お待たせして大変申し訳ございません」
「良いのだ、気にするな。外出中では仕方あるまい」
「お殿様、本日は…」
「お殿様などと申すな。容保と呼んでくれぬか」
「いいえ!それは恐れ多いことにございます」
「そう呼んでほしいのだ」
「ですが…」
「そう気を遣われては息抜きになどならぬと思わぬか?」
「それは左様にございますが…」
「頼む、私の名を呼んではくれぬか?」
「…はい、か、容保様」
「うむ」
「あ!申し訳ございません。只今、お飲み物をお持ちします」
「気を遣うなと、たった今申したばかりではないか」
「せっかくおいでいただいたのです。大したおもてなしではございませんが、精一杯心を尽くさせていただきます」
「であるか、かたじけない」
「喉やお腹の調子はいかがでしょうか?」
「うむ、ちと腹の調子が優れぬのだ。胸も焼けてな」
「お任せくださいませ!」
あの一件以来、何度目かのご訪問。
多忙なのにお忍びだと仰っては屯所を訪れ、新選組に目を掛けてくれているのだから、わたしも真心込めてお迎えしたい。
「お茶をお飲みになりましたら、ぜひこちらをどうぞ」
「これは…?蜂蜜か?生姜の香りもするが」
「温かいお湯に蜂蜜、生姜、大根おろしを混ぜたものです。体が温まり、胸焼けも和らぐかと存じます」
「予の体を気遣ってくれたのか」
「差し出がましいとは存じましたが、お顔の色が優れませんので」
「ありがたくいただこう」
「よろしければりんごもお召し上がりくださいませ。“1日1個のりんごは医者を遠ざける”と申します」
「ほう、それは?」
「イギリスの諺にございます」
和りんごをひとつ、竹の楊枝に差して手渡した。
わたしにとって馴染み深い、あのりんごではなく。
現代のりんごに比べると随分と小玉だ。
プラムやアプリコットくらいの大きさだろうか。
甘酸っぱい、幕末の和りんご。
「わたしが風邪をひき食欲がないと言うと、母がりんごを剥き、この飲み物を作ってくれました」
「母の味か。うん、気に入った。体が優れぬ時は料理番に作らせよう」
「胸焼けには牛乳も効くと申しますので、温めてお飲みくださいませ」
「そうか、牛乳が効くのか」
「京都守護職というお役目は、わたしなどでは計り知れないほどの心労がございましょう」
「予の代わりなどいくらでもいるやもしれぬが、拝命したからには誠心誠意務めを果たすつもりだ」
「代わりのお方がいらっしゃるとお思いになれば、心持ちも軽くなりましょう。天子様も公方様も、真実の忠義をお持ちの方を見抜いておられるのです」
って、キョトンとしたお顔をなさって…
まずい…余計な発言をしてしまった…
しかも何とまあ上から目線なことを言ってしまったのか…
「も、申し訳ござません!知ったような口を…」
「御意にござります」
「容保様っ…!」
「はっはっはっ!すまぬ、すまぬ!聡慧だが、からかい甲斐があるな。そなたは予の医者か仏か」
「お止めくださいませ。お医者様や仏様などと…そのように立派なものではございません」
「いやいや、予はそう思うのだ。如何なる時も正直で偽りのない純心を見せてくれ」
「はい、お約束いたします」
「そなたの前では予も荷を下ろし、そのようにいたそう」
「ひとつお聞きしてもよろしゅうございますか?」
「何だ?申してみよ」
「何度となくこちらへ足をお運びいただいておりますが、新選組の屯所がお気に召したのでございますか?」
「ああ…何と言うかのう、そうではあるが…」
「本当でございますか?うれしゅうございます!みんなも跳んで喜びます」
「そのように天真爛漫に喜ばれては…参ったな」
眩しすぎる!
背景にお花とキラキラが見える…
近くで見ても遠くで見ても、何て美しい顔なの!
真顔も笑顔も照れた顔も。
時折見せる儚げな表情や、憂いを帯びた繊細な視線も、何と言うか切なくてキュンとしちゃう。
細い銀の糸が紫陽花にしとしとと。
雨が静かに降るように。
涙を流すお顔さえも綺麗なんだろうな。
あまりの美しさにため息が出るとはまさに。
所作にも品があって。
絵に描いたような正真正銘のプリンスね。
…って、わたしったら下世話な。
だっていつもガサツに囲まれてるから。
対極よ、対極!
下世話ついでに…
新選組の美男子を集めてブロマイドやら写真集やら売り出せば、資金稼ぎになるんじゃないかな?
特に沖田さんと平助さんと土方さんは、いろんなポーズで撮りまくらなきゃ!
街の女の子に売りさばいたら儲かりそう。
美男筆頭として、容保様にも是非ともご参加いただきたいところだけど…さすがに難しいか。
その前に写真撮影代を調べなきゃ。
高いのかなぁ?
焼き増しの技術はあるのかな?
写真がダメなら似顔絵団扇とか!
人数いるんだから、誰かひとりくらい絵心と美術センスのある人いるでしょ。
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