10.彼方めぐり逢い、紡ぐ(二)

「でも、真実を知りたくても母はいません。事実を確かめる術はないんです」


「平助さんには由緒ある立派な血が流れてるのね」


「信じてくれるの?」


「うん、そうなんでしょ?」


「かれんちゃん、ありがとう…」


「お礼を言うことじゃないよ」


「父の気紛れで一晩だけの恋だったのか…。それとも母を大事に想っていたのか…」


「わたしたち、その恋に感謝しなきゃね」


「じゃなきゃ平助に会えなかったもんな」


「にしても表情が冴えないな」


「申し訳なくて。すみません…」


「なぜ謝る?」


「仲間なのに隠し事みたいで…」


「心から信用してるから話してくれたんだろ?」


「もちろん!人生を共にしたいと思ったんです」


「私たちが平助の心が分からないわけないじゃないか。近藤先生もそう思いませんか?」


「ああ。お前にとって大切なことは我々にも大切だ。話すには勇気がいったろう。よく話してくれたね」


「近藤先生…」


「信用されてないと思ったら、背中は見せないさ。そうだろ?」


「土方さん…話してよかったです」


「仲間になるには、真心ひとつありゃいいって知ってるか?」


「土方さん、いいこと言う!」


「だろ?」


「誰にもあるさ。秘密のひとつやふたつ」


「源さんにも?」


「どうだろうねぇ」


「いつか会えるといいな、お父上に」


「京にある津藩のお屋敷もここから近いじゃない!」


「“新選組に藤堂あり”と言われるようになれば、お目通り願う機会はあるかも。いや…」


「うん?」


「今はこの世に生んでくれただけで充分です。お城に上がっていたら、こんな仲間にはめぐり会えなかった」



誰もが何かを抱えて生きているの。


大なり小なり。


みんなも、わたしも。



時には苦悩して立ち止まり。


時には答えが知りたくて突っ走る。



自分自身と向き合い、ひとりで乗り越えなければならないこともあるけど。


大半はこうして仲間が支えてくれるから乗り越えられるのね。




「さて、次は私の番だ」


「まさか山南さんにも秘密が?何?何です?」


「いやいや、“ならぬことはならぬ”の件さ」



興奮気味に身を乗り出し、目を輝かせる。



「相当気になってたんですね」


「これでも我慢したのだよ」


「実を言うと、私も気になっていたんだ」


「會津では有名な合言葉のような感じでしたねぇ」



局長と源さんも同調。



「あれは藩校日新館にっしんかんに入学前の、藩士の子供の掟“じゅうの教え”です」


「會津の日新館といえば、全国屈指の名門だね」


「例えばどんな決まり事が?」


「嘘をついてはなりませぬ、卑怯な振る舞いをしてはなりませぬ、弱い者をいじめてはなりませぬ、とか」


「ほう、人の道を学ぶための教育だな」


「人として当然の誠を守れぬ大人もいる。幼い頃から素晴らしい躾ですねぇ」


「教えを破らないよう心がけて、毎日反省会もします」


「義を貫くこと、子供ながら徹底しているね」


「外で婦人と話をしてはなりませぬ、なんてのも」


「それなら、土方さんは掟破りの常連だ。毎日罰を与えられますね」


「俺はいいんだよっ」


「その掟は十あるってわけか?」


「実はそうじゃないの。子供たちをグループ…組分けして、その組を“什”って呼ぶんです」


「なるほどねぇ」


「みんなで掟を復唱したら、最後は必ず“ならぬことはならぬものです”で締めるんですよ」


「殿もかれんさんも誠実で真っ直ぐだが、これで納得したよ」



そう言う局長のほうがずっと真っ直ぐだって知らないみたい。



「先達て、黒谷の本陣に参上した際に、殿自らお話し下さったのだが」


「どんな話です?」


「うん。京都守護職にとの話が會津に届いた時の話だ」


「それは興味深い。是非伺いたい」


「当初から、ご家臣方は揃って辞退するようにと殿へ進言されたそうだ」


「将軍にも信頼されての大抜擢だろ。名誉なことなんじゃねぇのか?」


「千人もの藩士を連れ、京と會津を往復するには多額の資金が必要だ」


「昨今の国の情勢に加え、藩の財政を考えると、どの藩も簡単に引き受けるわけにはいかないでしょうね」


「“薪を背負って火の中に飛び込むようなもの。”そんな反対の声もあったと」


「そりゃ悲惨だな…」



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