10.彼方めぐり逢い、紡ぐ(一)

「あの…」


「何だ?平助。かしこまって」


「皆に話さねばならないことが…」


「どうした?」


「実は…私には秘密が」


「秘密?」


「誰にも話したことはありません。今日、今ここでなら言える気がして… 」


「何だよ?もったいぶって」


「まあまあ、平助の言葉を待とう」


「思い詰めた顔だが、言いにくいことか?」


「私の生まれのことで…」


「出生に何か?」


「私は…伊勢津藩主・藤堂高猷たかゆき公の御落胤ごらくいん…です」


「へ?」


「今何て…?」


「いや、その、だから…私の父は津藩主で…」



全員の動きがピタリと止まり再確認すると、嘘みたいに静まり返った。



「えぇぇー!」


「まさか!津藩主の御落胤だって?!」


「新種の冗談か?」


「信じられないですよね…ははっ。かれんちゃんまで固まっちゃって…驚いた?」


「ゴラクインって何?」


「どうりで質問が飛んでこない訳だ」


「フッ」



むっ…また鼻で笑う。


土方さんの上から目線に唇を伸ばした。



「こらこら。御落胤というのはねぇ、父親が高貴な人物、天子てんし様や公方くぼう様、藩主様といった身分のあるお方の私生児、落とし子とも言うが、つまり…」


「隠し子ってこと?!じゃあ、平助さんは津藩のお殿様のご子息!うわぁ~!」



なんてドラマチック!


身分なんて!って話をしてたばかりだけれど…


安いドラマの主人公なんか顔負けのエピソードだわ。


こういう類いの話には、つい目をキラキラさせてしまう。



「阿呆」


「歳さん、そうからかうのはよしなさい。可愛いのは分かるがねぇ」


「ちっ、違げぇよ!源さん、変なこと言うなって…」


「例えば歴史上では、平安時代の太政だいじょう大臣・平清盛公は白河法皇の御落胤と言われているね」


「『平家物語』でそう書かれているな」


祇園精舎ぎおんしょうじゃの鐘の声?」


「そう、その通り」


「あ!そっか!だからか!」


「ん?何だい?」


「平助さんからどことなく感じる品のよさは、生まれ持ったものなのね!」


「そうかな?自分じゃ分からないな」


「ただ、事実はどうあれ、御落胤というのは血筋が認められていないために、家系図に載ることは敵わないんだ…」


「そうなんだ、私の存在をご存じなのかすら分からない。父上と呼んでいいものなのか…実は今でも悩むんだ」


「そうなの…平助さんのお母様は?」


「私が十二の時に病で死んだよ…」


「何か詳しい話は教えてもらったのか?」


「いつどこで、どんな風に恋に落ちて私が生まれたのかは分からず終いです」


「もしかして、お茶の心得もお母様から?」


「うん、武家の嗜みだって言って、幼い頃からね」


「しかし御落胤だという根拠は?そう言うからには何かあるんだろ?」


「平助がでまかせを言うとは思えん」


「証拠になるか分かりませんが、これ」


「これは平助の佩刀はいとうだねぇ。ん?鞘のこの家紋…!藤堂蔦じゃないか?!」


「本当だ!」


「確かに!失礼」


上総介兼重かずさのすけかねしげです」


「何だって?!私にも見せてください!」



刀の作者だろうか。


どよめきが起きた。



刀に群がる。


代わる代わる手に取り、刀に見入るとため息を漏らした。


そんなにすごい刀なの?



「こんな高価な刀を一介の浪士が持てるはずは…これをどこで?」


「母が亡くなる時、父から譲り受けたと言って私に。息も絶え絶えの中、話してくれました」


「上総介兼重は津藩藤堂家お抱えの刀工だと聞くし、信憑性は高い」


「すげぇな…」


「あ!平助、君は駒込の出身だったね?」


「はい」


「駒込には津藩下屋敷があるじゃないか!」


「もしやお母上は御側室だったのでは?」


「どうでしょうか。母の実家は駒込の花屋だったと聞いたことがあります。母が生きている時はよく花を生けていて、その花で押し花を作り、花の名前を教えてもらいました」



そうか…


日頃から平助さんが花や植物を大切にするのは、お母さんとの思い出があるからなのね。



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