7.未来の国のピヤノ弾き(三)

「…かれんちゃん?」



ピアノの音色と重なって、背後から聞こえた声に反応し、鍵盤から手を離す。


と同時に、メロディがぷつりと切れた。



くるりと後ろに振り返ると、沖田さんと他の子供たち。


扉が開けっぱなしだったから屯所まで音が届いたみたいだ。


ぞくぞくと人が集まり、首を伸ばしてこちらを見ている。



「何の音かと思って」


「何だこれ?」


「“ぴあの”いうんやで」



不思議そうに顔を出した左之助兄ちゃんに、子供たちが得意気に教える。



「ぴあの?これ、西洋の楽器?」


「はい」


「かれん、弾けんのか?」


「弾け…ます」



まずかったかな。


ピアノ自体を見たことない人ばかりなのに、それを弾けるなんて変に思われるかも…



「すげぇな!」


「へ…?」


「なぁ、新八」


「ああ!西洋の楽器を弾けるとは驚いた」


「俺にも触らせてくれ!」


「えっ?あっ、どうぞどうぞ」



目新しいものを見たみんなのリアクションは、予想とは正反対。



「どれどれ…」



人差し指でシの鍵盤を鳴らす。



「鳴った!」


「へぇ、簡単に鳴るんだ」



子供と同じくらいはしゃいで目を輝かせた。



「かれん、何か曲弾いてくれ」


「じゃあ、さっきの曲!」



リクエストにお答えして。



輝く大きなシャンデリア。


淡いピンクのシャンパン。



今宵は舞踏会。


ここはパリかウィーンか。



まばゆいばかりにきらめくサロンで。


きらびやかなアクセサリーとカラフルなドレスを身に纏い、美しさを競う女性たち。


フリルの付いた扇子で口元を隠して、おすまししながら、あの人からのワルツのお誘いを待つの。



“お嬢さん、一曲お相手を”



流行のドレスを翻し。


あなたの手を取りくるくると踊りながら、見つめ合って甘美な時を過ごしましょう。



なーんてね。


昔から、こんな風に曲の解釈をして、勝手にイメージして弾くのが好き。



楽しい!


こうして弾いてると現代に戻ったみたい。



頭の中の五線譜から飛び出した音符は鍵盤で躍り。


軽やかなメロディが秋の青い空に融けていく。




「とても美しい音色だね」



パチパチと反響する拍手。


局長たちが人波をかき分けやって来た。



「めずらしい音色がしたもんだから」


「初めて聞きますねぇ」


「この楽器は?」


「ピアノです」


「ああ!“ピヤノ”という名前は聞いたことがある」



ピヤノ?


独特の和製の発音。



「確か…シーボルトという異人が、ピヤノを伝えたと読んだな」


「シーボルト?誰だそれ?」


「長崎に鳴滝塾を開いた蘭医だよ」



長崎に伝わったのなら納得だ。


ご存知・出島では鎖国中からオランダ、中国との貿易が認められていたのは有名で、ポルトガル、スペイン、イギリスと交易があった時代も…って習ったよね。


開国後の現在では、日本との貿易の権利を得たアメリカ、イギリス、フランス、オランダ、ロシアの商人が多く住む。


他に開港した港はあれど、今この国で海外に最も近い場所。



「今から四十年ほど前のことだ」


「40年前?!」



そんなに早く?!


日本での西洋音楽の文化は明治が始まりかと思ってたけど、すでにピアノが伝わっていたなんて。


しかも、シーボルトと鳴滝塾って学校で習った。



「さっすが山南さん!」


「博識だねぇ」


「私も触っていい?」


「じゃあ、沖田さん座って」


「この白いのと黒いのは?」


「鍵盤です。白いのは白鍵はっけん、黒いのは黒鍵こっけん


「へぇ」


「まず、白い鍵盤だけをこの音から8つ順番に、右に向かって弾いてみてください」


「こう?」



ドレミファソラシド



「自分でやって音が出ると感激だなぁ」


「もう一度、ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド」


「ドレミ…?って何?」


「音の名前です。音階といいます。1つ目がド、2つ目がレ、3つ目がミ、ファ、ソ、ラ、シ、ドに戻る、レ、ミ、ファ、ソ…♪」



自分で弾きながら西洋の音階の説明を。


当たり前のことを簡潔に、そして日本語だけで教えるって、意外と難しい。


オクターブって日本語で何て表せばいいのかな?



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