7.未来の国のピヤノ弾き(二)

はぁ~…


またまた変な女度が上がった。



ペースを乱されてるような…


土方さんだけはわたしに対して厚~い、高~い壁を作ってる気がしてならない。


お互いに心を開いていないせい?


ちょっと苦手かも。



いや、訂正。


かなり苦手…



果たして仲良くなれるんだろうか。


…ま、仲良くなれなくてもいっか。




屯所の門前で振り返る。


入口には『松平肥後守御預まつだいらひごのかみおあずかり新選組』の大きな木の表札。


つまり会津藩主・松平容保様お預かりってこと。



「あ!かれん姉ちゃん!」



屯所のお隣、壬生寺の境内。


近所の子供たちは、沖田さんとわたしと遊ぶのを楽しみにしていてくれているようだ。



人懐っこくて無邪気だから、沖田さんは子供とその家族にも好かれている。


新選組の中では弟のような存在の彼も、子供たちには人気者のお兄ちゃん。



「かれん姉ちゃん、ちょっと来て」


「なぁに?」



両手を子供たちに引かれてついて行く。


少し歩いた先に、白壁の蔵があった。



「ここ?ここに何かあるの?」


「うん。ここな、おもろいもんがぎょうさんあるんや」


「ダメじゃない。勝手に入ったら」



とか言いつつ、好奇心が抑えられない。



「平気や。おっちゃんも好きに入ってええ言うてはるもん」


「でも、鍵は?」


「これな、壊れててん」



慣れた手つきで鉄の鍵を開ける。


ギギギと音を立て観音開きの扉が開いた。



「クシュン」



少し埃っぽい。


倉庫?


大きな木箱に、掛け軸を入れるような細長い箱。


下から上まで物が積まれている。



「かれん姉ちゃん、こっち」



いちばん奥まで行くと、思いがけないものを見つけた。


この時代にはめずらしいもの。


だけどきっと、わたしには身近なものだと思う!



「なぁ、これ何や思う?」


「これ…もしかして」



机のような横長の長方形。



「ピアノ…?」



スクウェアピアノと呼ばれるものだ。


こげ茶色の木目が美しい、艶のあるクラシックな姿。


昔の映画で見るような。



かぶっていた埃を払い、蓋を持ち上げる。


蓋のつっかえ棒に支えられ、白と黒の鍵盤が現れた。



「わぁ!ほんとにピアノ…」



中のピアノ線やハンマーも見える。


レースのような透かし彫りの楽譜立て。


足で踏むペダルはひとつ。



「何でここにあるんだろ?」



幕末のピアノ。



右手で軽く鍵盤に触れてみる。


ソの白鍵はっけん


音が鳴った!



「うわぁ!これ何?」


「箱から音がするなんて思わへんかったなぁ」



子供たちから歓声が上がる。



「ピアノっていうんだよ」


「ぴあの?」


「西洋の楽器よ」



ドレミファソラシド、音階1オクターブを弾く。


次は半音階。



音の響きは少ない。



音が鳴るたび、きゃっきゃっとはしゃぐ子供たち。


興味津々、初めて見る異国の楽器に目をキラキラとさせて。



「弾いてみる?」


「うん!」


「あ!うちも~」


「順番ね」



自分の指で鍵盤に触れ、音が鳴ると嬉々として笑った。


初めてピアノに触ったとき、わたしもこんな感じだったな。



「指はこう置くの。親指、人差し指…って順番に動かして」



ドの鍵盤上の親指から順に…


小さな指を一緒に動かし音を出す。


ひとりひとりに基本を教えた。



現代のピアノとは音の鳴りが比べものにならないし、音程も不安定で調律もされてないと思う。


それでも、まさかここで鍵盤にさわれるなんて!



「かれん姉ちゃんも弾いて」


「まかせて。わたし、得意なんだよ」



自分の時代にあるものに触れられるのがうれしくて、椅子に座って弾き始めた。



最初は2分音符、フラットシ。


4小節は右手のみで。


2分音符 8分音符♫/2分音符 8分音符♫/4分音符♩ 8分音符♫ 4分音符♩/8分音符♫、4分音符♩…


8分音符にはスタッカートを。


5小節目からは、あの有名な旋律が。



「うわぁ!!きれいな曲やなぁ」



Vivoヴィーヴォ、生き生きと。


頭からfフォルテで。



『ワルツ第1番変ホ長調 華麗なる大円舞曲 Op.18』



ショパンの3/4拍子さんびょうしの華やかなワルツ。


明るい曲調に乗って、キラキラしたメロディがリピートしながら次へ次へと流れていく。



子供の頃の夢はピアニスト。


5歳から習っているから、それなりに自信がある。


音大に進んだらどうかと先生に薦められて本気で悩んだ。




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