7.未来の国のピヤノ弾き(一)
金木犀の香る日々はとうに終わり、秋の深まりとともに涼やかに風が吹く。
揺れる木枝。
ひらり枯葉を地面に届ける。
「んんーっ!天気がよくて気持ちいい」
日の光、碧雲漂う青い空に向かって腕を伸ばす。
屯所がある壬生村は、辺り一面田畑に囲まれたとても長閑なところだ。
「あ、あれが二条城ね」
遮るものがないから、見晴らしがいい。
現代京都の壬生寺周辺とは随分と様子が違う。
京都市中にも遠からず、近からず。
都の中心部の様子が見渡せて、何かあったときにすぐ駆けつけられるけど、あまり近くにいて暴れられるのはちょっと…
長老である八木さんと前川さんもいるし、だからこの場所に屯所を置くようにとのお達しだったのかしら?
新選組のみんなと一緒にご近所の畑仕事を手伝うこともある。
収穫した新鮮な野菜は、洛中のお寺や公家に納めているそうだ。
冬になると、壬生菜畑の緑が広がるとかで。
それも直、見れるだろう。
「よし!終わった」
洗濯物を干し終え、ポンポンと腰を叩く。
人数が多いと大変。
「一応、確認しとくか…シワ、大丈夫だよね。よし、よし、よし!あ、ここもう少し間隔空けとこうかな」
斎藤チェックが入るかもしれないし、ね。
「おい」
むっ、この声は。
おいって何様?!
居候だけど、おいって呼ばれる筋合いはない!
「何でございましょう、土方さん」
声の主へ完全なる作り笑いを。
「顔貸せ」
縁側に腰を下ろして向かい合う。
ご機嫌ナナメが隠せない。
「どうした?むくれて」
「むくれてなんか…」
聞いといて無視?!
何やら包みを広げる。
珊瑚のような紅梅のような色の着物が2枚。
「わぁ!」
「こういうの好きか?」
「はい!」
「お前のだ」
「わたしの?!そこまでしていただかなくても…」
「いいんだよ」
「でも高そうだし…」
「お前がちゃんとした格好してねぇと、俺たちがろくな生活させてねぇみたいだろ」
「はぁ…そういう意味」
「分かったら、これ着て大人しくしてろ」
それじゃ、まるでわたしがギャーギャーうるさいみたいじゃん。
お淑やかじゃないのは自覚してるけど。
理由は何にしろ、せっかくのご厚意。
ここは言うとおりに。
「すみません…お気遣いありがとうございます」
「別に」
「土方さんが選んでくれたんですか?」
「そうだ」
「へぇ」
「気にいらねぇのか?」
「いえいえ!とっても気に入りました。そういう意味ではなくて…」
やなヤツなんだか、いい人なんだか…
難しい人だな。
今はとりあえずいい人ってことにしといてやろう。
ひとつ分かったのは、この人は女の人の心を掴むのがうまいってこと。
草履といい、着物といい、さりげなくわたし好みの色やデザインも押さえてる。
チラリ、顔色を見て様子を伺う。
あんまり表情も変えないし、愛想もない。
機嫌が悪いってわけじゃなさそうだけど。
単に嫌われてるのか?
「自分で着れるようになったか?」
「はい、お蔭様で…」
「ったく、どこの姫君だってんだ」
日常が着物だなんて、すっかり忘れてた。
ひとりで着れるわけないじゃん!
現代日本人は着物着ないの、って言えないし。
現代人が洋服着れなかったら変なのと同じ感覚よね。
必死に練習したもん。
「着替えてみろ」
「え?!今?」
「そうだ。早くしろ」
「その…着替えるのはいいんですけど…」
「何だよ」
「見られてたら…」
「お前にも恥じらいという感覚はあるんだな」
「いいから出てってください!」
失礼なヤツ!
わたしにだって恥じらいはあるっつーの!
呆れながらも土方さんが教えてくれたお蔭で、一から十までひとりでできるようになった。
それはありがたいんだけどね。
今までどうしてたんだ、と不審そうにしてたっけ。
さらに変な女度がUPしたわけ。
「着替えたか?」
「あ、はい」
「入るぞ」
「いかがでしょう…か?」
「思ったとおりだ」
「何が?」
「元々着ていたその撫子色の着物も良いが、こっちのほうがよく似合う」
何それ…満足げな顔しちゃって。
「このピンク、すごくきれい」
「ピンク?」
「あ…桃色が角度によって青や紫にも見えます」
「虹色だからな」
「虹色?雨上がりに空にかかるあの虹?」
「他にあるか?」
「7色のレインボーカラーじゃないんだ…」
またしてもカルチャーショックに小さく独り言。
「ブツブツ何言ってる?虹色を知らないのか?」
「いえ!知ってます知ってます!」
「変な奴だな」
「ありがとうございます!大事にします。あーっ!沖田さんとこ行かなきゃいけないんだった…」
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