第77話 魔道剣士スレン爆誕

 アキュナは戸惑っていた。剣の稽古をつけてくれというスレンの願いを受けたはいいが、どういった指導をするべきなのだろうか、と。なにしろ自分は魔道騎士ではないし、魔道騎士との戦闘経験もほとんどない。騎士団の演習で一度相手をしてもらったことはあるが、敵対する予定のない者の研究などするはずもなく、また戦術も不明だ。例えばジフ・ベルディアージのような壮年の騎士ならその経験値からある程度の知識はあるかもしれないが、アキュナはまだ二十一歳の若手。実力はあっても経験は浅いと言わざるを得なかった。


 例えば、スレーニャが将来的に魔道騎士になるのだとしても、彼女の場合、騎士からの転向なので、戦術も魔法剣を主軸においた騎士の延長上のものとなるだろう。であれば今の鍛錬を続けることも有用だ。だが、スレンはもともとが魔道師なので、実際の運用は魔道師寄りのもになるのではないだろうか。最終的に他の魔道騎士と大差ないものになったとしても、少なくとも今、ジフ・ベルディアージらと対等に渡り合うために、付け焼き刃の剣技を主軸においた戦い方を薦めるべきではないのではないだろうか。そうなれば――と、彼女にはその場合の未来像が見えなかったのだ。


 それでも剣技は剣技よね。基礎を教えておいて悪いことはないはず。


 という考えのもと、スレンと木剣を打ち合うことにした。


「ねえ、スレン。スレンはどんな魔道騎士になりたい? どんな戦い方が自分にあってると思う?」


 休憩中、少しでも指導の取っ掛かりが欲しくてスレンの考えを聞こうとしたアキュナ。だがスレンはすぐには答えられなかった。それもそうだ。どんな魔道騎士が良いかと言われても、アキュナ以上に魔道騎士のことを知らないし、戦い方といっても自分のスタイルを考えるほど戦闘経験があるわけでもない。うんうん唸った結果、スレンはシンプルに「ジフを倒せれば何でも良い」と答えたのだった。


 それはそうだと納得するアキュナ。


 最強になる必要などどこにもない。スレンの目的は最初からただひとつだけ。ヨルヤを救い出すこと。その過程に打倒ジフ・ベルディアージという項目があるだけなのだ。


「そっちのほうが考えやすいわね」

「そうなの?」


 首を傾げるスレンにアキュナは頷いて見せる。


「ねえ、スレン、ジフの何が凄いと思う?」

「え、えーと」


 思わぬ質問にスレンの視線は宙を彷徨う。


「力が強い」


 何せ剣を受けたアキュナごと自分たちを壁まで吹っ飛ばしたほどだ。アキュナの剣もそれで折れてしまった。アキュナは「そうね」と頷く。しかしそれだけではないと続けた。


「ただ力が強いだけなら、私はそう苦労せずに彼を殺せたでしょうね」

「そうなの?」

「受け止めることが難しいなら、躱すかいなせばオシマイよ」

「……なるほど」


 じゃあ何が凄いの? とスレンはアキュナに問う。


「エルベストルの廃城で、スレンの風の防壁に斬撃を弾かれたジフが、突きで防壁を貫いたことがあったでしょう? ジフはいとも簡単にやっていたけれど、本当は誰もが真似できるような容易いことではないの。防壁に対してほんのわずかでも傾きがずれていたらあんなにすんなりいかないもの。その証拠に私が軽く弾いただけで、ジフは飛ばされてしまったでしょう? ジフ・ベルディアージの強さの本質は恐ろしく正確な剣さばきなのよ」


 つまり邪道ではなく、王道。小細工の一切ない純然たる強さ。だからこそ、誰が相手でも揺るぎなく実力を発揮できる。


「おれは……ジフには勝てないってことか?」


 苦々しい顔で落ち込むスレン。だが、アキュナが言いたかったのは、もちろんそういうことではなかった。


「いいえ、貴方は勝てるわ。勝てない要素が無いもの」

「…………え?」

「貴方はこれまでの旅で準備の大切さを知ったと思うけれど、それは戦いにおいても言えることなの。敵の特徴を掴み、そして自分に何が足りないのかを知る。それは勝つために必要なことだわ。だからスレン、貴方がこの先、また誰かと戦うときがあれば、まず相手を知ることから始めなさい」

「わかった!」


 何とも頼もしい、威勢の良い返事だった。


「それから、ここでいう自分に足りないものというのは、ジフに対して劣っているところという意味ではないわ。勝つために足りないもののことよ。ジフと同じになる必要はない」

「はぁ……?」


 今度の返事はいまいちはっきりしない。


「それで思ったのだけれど、スレンはロングソードより、もっと短くて軽い剣で戦ったほうが良いと思うの。例えばエストックのような刺突剣。これなら短いものでも実用的だし、ジフのチェインメイルのリングを抜き通すことができるわ。まともに斬りあっても、貴方の長所を潰すだけよ。貴方の魔法は、派手な極大魔法だけが目立っているけれど、身体強化だって身軽な身体との相性はけっして悪くない。無詠唱を使った魔法の即時発動と組み合わせて、陽動からの一撃離脱でジフの虚を突ければ、十分勝算はあるわ」

「陽動って?」

「相手の気をそらすことよ。本当に当てたい攻撃は剣。その剣を当てるために魔法に相手の注意を引きつける」

「うーん……なるほど。色々あるんだな、戦いって」


 しみじみと考え込むスレン。


「魔法で気をそらす」「その隙きに突き刺す」「すぐ逃げる」


 みっつのキーワードをぶつぶつ呟く彼の視線の先には、先程まで訓練していた場所がある。きっと自分とジフの戦っている姿を想像しているのだろう。幾ばくかの時間、何度刃を交えたのか、その先に光明を見たのか、スレンは立ち上がり、


「ちょっと、試してみても良い?」


 と、師匠に願い出た。もちろん快く引き受けるアキュナ。「楽しみにしているわ」と、冗談めかしてプレッシャーをかけてみるが、いたって真剣な眼差しで「うん」と答えられてしまっては、彼女も気を引き締めざるをえない。


 相対するふたり。スレンから感じられる雰囲気は実践さながらのそれ。殺意さえないものの、その気迫たるや自分の後ろにヨルヤがいるのでは? と思えてしまうほどだ。


 と、スレンが消える。否。彼の跳躍は昼間の太陽にかぶさるほど高く、見上げたアキュナは思わず目を細めさせた。だが彼女とて立派な騎士。太陽を背負われた程度で怯むことなどない。おまけにアキュナはスレンの戦術を知っている。陽動に注意を払いつつも、彼女は目の前のスレンに向けて剣を構えた。


 アキュナへと一直線に落下するスレン。いったいどんな魔法を使ってくる?! いつもの氷柱か、エルベストルで使った雷か、小規模なら炎属性もありえなくはない。アキュナは瞬時に多くの可能性を想定する。ジフの対魔法能力は常軌を逸したものがあるが、一般的な騎士でもある程度の対魔法戦闘の訓練は積んでいる。アキュナもそうだ。どの魔法が来ても大丈夫なようにと前後左右直上直下、あらゆる方向に神経を巡らせ、スレンの陽動を今かと待ち受けた。

 だが来ない。剣を垂直に構えたスレンは、ついに勢いよく刺突を繰り出した。


「くっ!」


 当然受け流さなければ負ける。アキュナがスレンの剣をロングソードの切っ先で絡め、弾いた瞬間、彼女の背中に複数の衝撃が走った。


 攻撃を弾かれ、少し離れたところに着地するスレン。アキュナからの追撃はない。なぜなら、彼女は自分の負けを悟ったからだ。

 振り返った彼女の足元には、転がる五本の氷柱。尖端が丸まっていて当たってもさほど痛くないようになっていた。


「まさか、さっきの今で、自分を囮にしてくるなんてね」

「危険かな?」

「それがわかっているなら、問題ないでしょう」

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