06/現(2)
この『魂集め』を姉に言われて始めた時に、姉は彩に言っていた。
なるべく強くて元気な『魂』がいいな
「強い――魂」
「そうね」
頷く澪の瞳は、冷静だった。
「彩が獲ってきてくれてる『魂』は確かに嬉しいし、私がここから脱出するために蓄えてる『力』の、足しになってるのは間違いないよ。
でも、ね――」
「うん。わかってる」
逡巡を見せる彩の頭をふわりと撫でつつ、澪はキーボードに片手を走らせていた。
「怖いのは解るさ。だからこれに、戦う機能を付けてあげる。
――由果が使ってる、っていうのを参考にさせてもらったわ」
と、彩の『杖』を取り、キーボードに寄せる。
「もっとも、彩の記録に残ってたものしかあんまり判らなかったから、適当だけどね」
澪の手が『杖』に触れる。
「魂の、霊的なエネルギーを使うようにしてある。使う量――込める力の具合で威力が変わるから」
彩は真剣な面持ちで頷き、澪の手の中で『杖』が変形する様を凝視した。
『杖』はぐにゃりと変形し、まっすぐ伸びる。
噛んでいた黄色い珠も伸びて先端に絡み、『杖』は長刀を形取った。
珠が刃を成している。
「これと防御。撃ち出すのは解ってるよね? 前にあげたので細かい魂を集めて、力を絶やさないようにして。
獲った魂のエネルギーは分離しておけるし、使ってもいい。
彩ならきっとできるさ。信じてる」
「姉さん――」
もとの姿に戻した『杖』を彩に渡し、澪はまっすぐ彩を見下ろした。
「もう少し――もう少しで、必要最低限な力になりそうなの。
彩、あなたが頼りなの」
もう一度彩が頷くと、澪は表情を緩めて微笑んだ。
「大丈夫さぁ。そんな深刻な顔しないで、ね」
と彩の頭を撫で、ふわりと首筋に腕を回す。
「由果ができるのなら、彩もできるはずよ。
同じユタじゃない」
「ん――うん」
彩は抱き締められた格好で手の中の『杖』に視線を落とし、手を開け、ぐっと握り直した。
◆◇◆◇◆◇
『
インターホン越しに聞こえてきたのは、
映像からは、香奈恵の後ろから顔を出す
「あ、今開けるね」
と、由果が入り口のセキュリティを解除する。
程なくして部屋のチャイムが鳴り、由果は二人の友人を招き入れた。
「何日かだけやのに、えらい久しぶりやねぇ」
買い物でもしてきたのか膨らんだ袋を持った佳子が由果を覗き上げる。
「佳子――体、大丈夫ね?」
「うん、何ともないよ。ていうかウチの心配なんてせんでええのに」
「由果、湯上がり?」
香奈恵も何か大きめの紙袋をバッグと別に下げている。
乾ききっていない前髪をかき上げ、由果の額に手を当てて笑う。
「熱出た、って聞いたけどもう下がっとぉみたいやん、よかった」
「ん――うん、二人ともありがとうね。でもどうしたの、その荷物」
「お見舞いやんかぁ。
由果、台所借りてええ?」
と、佳子は由果が答えるより前に、勝手知ったるなんとやら、とばかりにキッチンに向かう。
佳子の持っていた袋は食材らしい。
「いいけど――なに? ご飯作ってくれるの?」
ベッドとパソコンを簡単に片付け、二人分のクッションを用意しながら由果が声をかけると、佳子の快活な声が「そうやー」と応じた。
ククルはいつの間にか3D投影をやめていて、パソコンの隅で壁紙のように鎮座していた。
佳子の家はお好み焼き屋を営んでいる。佳子が手伝うことも多く、佳子の料理の腕前は折り紙付きだ。
佳子が手際よく料理を始め、香奈恵は紙袋から出したケーキの箱を冷蔵庫に一旦移す。
「まだ何か入ってそうだけど――?」
二人に言われて大人しく座った由果が香奈恵の持っていた紙袋を見て言う。その向かいに腰を下ろした香奈恵がにっと笑って袋から出したのは、五合入りの酒瓶だった。
「泡盛? それも
「そんなせんかったよ」
と香奈恵は笑う。
「さっきメールもろて、佳子と二人してお見舞い行こ、って話になった時にね、やっぱり生まれ故郷のもん食べるんがええんちゃう、って話になったんやわ」
テーブルに置いた五合瓶をくるくると回しながら香奈恵が続ける。
「けーこはほら、ソースと粉モンが血と肉やっていつも言うとぉやろ? あたしも時々、イカナゴとかやたら食べとぉなるし、何て言うかな、ソウルフード? そういうのってある思て」
「ソウルフード……」
「せやったらやっぱり、沖縄のお酒いうたら泡盛やし、けーこは――」
と、香奈恵がキッチンに振り向いた時、タイミングよく佳子の声が由果を呼んだ。
「ごめーん、由果ぁ――ゴーヤってどうやったらええか教えてーっ」
由果は少し目を丸くしてからくすっと笑みをこぼし、立ち上がった。
十数分後、三人で囲んだテーブルに並べられたのは、うどんだった。
「うどんは消化ええからね~」
とは佳子の言だ。
さっと茹でて冷水で締めた太い麺に粗めに下ろした大根が盛られ、
「名付けて『讃岐生醤油ぶっかけ・沖縄風味』お待たせっ」
と、佳子がそこに温泉卵を落とし、とろみのある醤油を垂らした。
ゴーヤと卵に醤油が絡み、酢橘が後味をすっと切る。蒸し暑い中でも箸の進むメニューだった。
「けっこういけるね、これ――ウチの新メニューにしてみよっかなぁ。どう?『ゴーヤ玉』とか」
「それなら一緒にスパム入れてほしいさぁ」
「チャンプルーに入れてたやつ? あぁ、合うやろねぇ。今度試してみるわ」
他愛ない会話をしている内に丼はすっかり空になり、由果は心底感謝している眼差しで二人に手を合わせた。
「ごちそうさまっ。佳子も香奈恵もホントにありがとうね。元気出てくるよ」
「よかった。やっぱり食べな元気出んよね。どれだけコンピューターやネットが発達しても、そこは現実には敵わんてウチ思うわ」
佳子が手際よく丼を重ねて流しに運び、入れ替わるように香奈恵がケーキを用意する。
小皿に分けた三種のショートケーキが甘い香りを漂わせた。
香奈恵が自宅に近い
看板商品でもある『テトリスナッツ&チーズクリーム』が由果のお気に入りで、この日の香奈恵のチョイスにもしっかりと入っていた。
その名の通り四種類の軽く炒られたクラッシュナッツが濃いチーズケーキに散りばめられていて、芳醇な香味と甘味が口の中を占拠する。
「そして、これっ」
嬉しそうに香奈恵が出したのは先程の泡盛。
佳子が少しだけ眉を寄せて苦笑する。
「ウチはやっぱり、香奈恵のそれは理解できひんわ。ケーキと焼酎てどんなけ
「えー、でもケーキとウイスキーはあるやん。ウイスキーも焼酎も穀物やし、そんな変わらへんってー」
二人のやりとりを笑って眺めていた由果が腰を上げる。
「せっかくだから、私は香奈恵に付き合わせてもらうね。氷と水、取ってくるね」
二時間後。
由果は玄関口まで、佳子を送り出していた。
香奈恵が買ってきていた酒は泡盛ばかり数種類あった。
三本めを空にしたところでお開きになり、佳子だけ帰るということで二人で部屋を出る。
「遅いし、佳子も泊まっていってもいいよ」
由果は言う。が、
「おおきに。でも、明日の仕込みもあるから」
酒量も抑えめにしていた佳子はそう言って由果の肩を正面から軽く揉む。
「香奈恵だけ泊めたって。無理言うてごめんやけど」
「そんなことないさぁ。ホントに嬉しいし」
香奈恵は部屋で横になっている。
「由果はええ子やね。
さっき言うてたけど由果、ホンマにウチはあの時何ともなかったから、気にせんでええんやからね。
――じゃあウチ、帰るね」
笑顔でバッグ片手に、佳子は数歩歩いて振り返った。
「あ、そうや。
香奈恵、明日の二限必修やったはずやから、連れてったって」
「あ、うん――わかった。
おやすみ佳子。また――あした」
佳子がエレベーターに乗るまで見送ってから、由果は自室に戻る。
寝ていたはずの香奈恵が起き出していて、自分で水割りを作って呑んでいた。
由果は半ば呆れたように目を丸くする。
「起きてたの? てか、まだ呑むの?」
「おー、ゆかぁ。つきおぉてー」
多少間延びした口調になっていたが、まだはっきりしていた。
今まででもこうして、大学に近い由果の部屋に香奈恵が泊まることはちょくちょくあったので、由果も慣れてはいた。
由果は苦笑してからキッチンに入って、三分の一ほど残っていたゴーヤを『浅漬けの素』に漬けて揉み、塩昆布を和えて盛りつけた小鉢を手早く作り、香奈恵の向かいに座った。
四本目の泡盛も、そろそろ残り半分になっていた。
薄めの水割りにして、由果も一口呑む。
「今更やけど、体調もうええの?」
「大丈夫よー」
由果は笑って返し、香奈恵のバッグを見た。
「香奈恵、着替えとか持ってきてるの?」
「なぁんも」
香奈恵は、やや染まってきた頬に手を当てて苦笑する。
「あとでコンビニ行ってくるわ」
香奈恵はゴーヤの浅漬けをひとつまみ口に入れ、コップの水割りを空けてすぐに氷を足しておかわりを作る。
「ん、おいし」
「香奈恵――泊まる気だった?」
「バレたぁ?」
と、香奈恵は舌を出す。
「これでも、あたしも佳子も心配しとぉんよ。このまま由果が来んようになったらイヤやし」
「うん――ありがとう」
香奈恵のペースは落ちない。
「何本買ってきたの?」
「これで最後。けっこう味違ってて面白いね。ハマりそうやわ」
香奈恵の言う通り、買ってきていた五合瓶はそれぞれ違う酒造の銘柄だった。
「やっぱり夏休み、沖縄行こうやぁ」
「八月は飛行機高いよ?」
「九月も休みやん」
からりと笑う。
由果はしばらく考えてから質問で返す。
「私ちょっと別行動していい?」
「ええけど、何かあるん?」
「うん、ちょっと――墓参りとか」
濁し気味に言うと、それでも納得したように香奈恵は頷いてコップを空にした。
浅漬けをもう一片放り込んでから立ち上がる。
「行こなー。
じゃ、ちょっとコンビニ行ってくるわ」
いつの間にか瓶も空になっていた。
バッグを持って、しっかりした足取りで玄関に向かう。
「あ――一人で大丈夫?」
中腰になって声をかける由果に片手を振って応え、香奈恵は部屋を出ていった。
溜息と微笑みを同時にこぼし、由果は残っていた食器を片付ける。
テーブルを隅にやっていると、開けっ放しだったパソコンから声がした。
「いい友達だな」
「そうでしょ」
由果はにっと笑って、ククルを見る。
ククルはパソコンの中でちょこちょこと動いていた。
「出てきてもよかったんじゃない?」
「イジられるのは苦手なんだ。――それより」
と、ククルはブラウザを開いた。
「どう思う?」
ククルが開いて見せたのはニュース速報のサイトだった。
どこかのサイトがサイバー攻撃を受けたとか、そういった事が書かれている。
「これが、どうかしたの?」
「ただのクラッカーじゃなく――『霊障』のニオイがする」
「ええっ!?」
別の画面を開いてククルが説明を始めようとしたところで、香奈恵が帰ってきた。
コンビニの袋を振りながら言う。
「ネット? あ、彼氏とメール?
あたしもう寝るね。いつも通りでいい?」
いいよ、と由果が頷くと香奈恵はベッドの奥に横になった。
ワイドシングルサイズのベッドで、何とか二人で寝られるため、大抵こうして一緒にベッドに入っていた。
「おやすみ……ぃ」
と、パソコンを見ている由果に背を向ける。
生返事を返しながら、由果はデバイスを取り、小声で先程の話を再開した。
「――ククル、『霊障』のニオイってどういうこと?」
「何となく、だけどな。
ただの人がやってるにしては速すぎるし執拗だ。『霊障』かあるいは、電脳空間に入る技術を持った者か」
「待って。――『霊障』じゃないかも知れないのね? だったら『魂』とは関係ないってこと?」
「まあ――そうかも知れないけど」
困ったような表情を見せるククルに、由果はつい苦笑してしまう。
「でも、ククルは『霊障』の仕業って思ってるんでしょ? どこ?
って言ってもこれから出かけるのはツラいなぁ……」
ククルがモニタから出て、由果を見上げた。
「試してみる?」
「え?」
ククルは由果にデバイスの装着を促して続ける。
「内側――ネットの中に入って、そいつを追ってみる?」
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