05/電脳龍(2)
通天閣の外に、巨大なタグウィンドウが開いた。
本能的に何かを感じた由果が叫ぶ。
「見ちゃダメっ!」
由果自身は視線を逸らして目を閉じる。が、佳子は間に合わなかったようだった。
「ん……?」
軽快でポップな曲が由果の鼓膜に届く。
「佳子、見ちゃだめよっ!」
声をかけるが、反応がない。
一分ほどで曲が終わり、目を開けた由果の視界には――倒れた人々が映っていた。
「なっ……!?」
息を呑んで鉄塔を見上げるが、彩らしき姿はそこにはなかった。
「由果さん、
ククルの声に、視線を下げる。
周囲の人々から続々と、青白い
由果の隣では、佳子も倒れている。
「け……佳子っ!」
肩を抱いて起こすと、佳子はぽけっとした表情で由果を見上げた。
「ん~……ゆか? どうしたん?」
「そんなっ……ククル、どうしよう」
「マブイグミするにも人数が多すぎる。ていうか、あの子は何をしたんだ!?」
「見てないよ、知らないさぁ」
由果は頼りなさげな潤んだ声で、佳子から抜け出ていた『魂』を掴む。
「順番にマブイグミしていくくらいしか考えつかないけど――由果さんっ!」
通天閣の出入り口から、小柄な少女が出てきていた。
「彩っ!」
佳子をそっと寝かせ、由果は立ち上がる。
「あんた、何したのっ!」
彩は由果を睨んで不敵に笑い、杖の先端を由果に向けた。
彩の杖の珠が光る。
数条の光弾が多方向から由果に襲いかかる。
「由果さんっ!」
ククルが、由果の杖を
「
彩は笑っていた。
「由果さん――彩に捕られる前に『
小声で言うククルに由果は小さく頷き返して、まず最も手近にあった佳子の『魂』に杖で触れる。
「保護――お願い」
由果が言うと、青白い靄珠は杖に吸い込まれた。
彩は少し驚きの表情を見せるが、すぐに笑み戻る。
「そんな、一個や二個の『
その時だった。
由果の背後で錆びた機械が軋み、摺り合せたような咆吼が響いた。
「――なっ、何アレ…………っ!?」
彩が数歩、由果の背後を見上げて後ずさる。
注意を残しながら振り返った由果のモニタに、伸びた細長いものが映った。
黒々とした靄に覆われた、龍のような形状の長大なそれは建物の向こうで空に昇り、頭部を通天閣に――由果と彩に向けた。
「霊障っ!?」
由果の脳裏に、先日の日本橋の光景が蘇る。
『龍』は通天閣周辺を
展開した『盾』で受け流した由果は彩に視線を戻す。
正面からその『龍』を受けた彩は、吹っ飛んでいた。
「彩ちゃんっ!」
由果はすぐに彩に駆け寄り、抱き起こす。彩は『龍』を見上げ、
「なによアレ……」
「霊障って呼んでる。落ちた
彩、今すぐみんなの魂を戻しなさいっ!」
二人を襲った『龍』は
ごう、と唸り靄珠の一つを吸い、喰う。
「イヤ……いやぁ」
彩は怯えた目で『龍』を見つめ、駄々をこねるように首を振る。
「彩がやったんでしょ!
マブイグミ、私と一緒にやって」
「い――由果姉ぇとなんて、イヤよっ」
由果の腕から抜け出して、彩は『龍』と距離を取る。
「彩っ、協力してっ!」
「誰が由果姉ぇなんかとっ!」
彩が拒絶する。
その間にも、『龍』は周辺の魂を呑み込み続けている。
「彩っ!」
「だって、由果姉ぇは――由果姉ぇのお母さんは――――っ!」
憎々しげに由果を睨んだ彩は、由果の伸ばした手を力一杯叩き払った。
「許せないからっ!」
彩は、天王寺公園に向かう路地に入る。
「あたし、何もしてないっ。
あんなの、あたし知らないさっ」
踵を返した彩が走り去る。
「彩っ!」
由果が彩を追おうとして、ククルが止めた。
「ヤツが先決だッ」
由果は下唇を噛んで、『龍』と向き合った。
緩慢な動きになっていた『龍』は由果を見て、一声吼えた。
その間に由果は残っていた魂を杖で保護する。
「モード『
由果は杖を握る手に力を込めて言った。
杖が由果の命令に反応して変形する。
先端が伸びて膨らみ、由果の視界の中で三メートル近い長さになった杖はやたらと長い棍棒のようだった。
『龍』が唸る。
靄の奥にかすかに、四角いブロックが見え隠れしていた。
「もしかして……ジェットコースター?」
ついさっき佳子と通りかかった、廃墟同然の遊園地に巻き付いていたレールを思い出した様子で呟く。
何か本能的に敵と認識でもしたか、『龍』が高く伸び、一気に降下して由果に襲いかかった。
横に飛んでかわし、夢中で杖を振り回す。
由果の手に痺れのような手応えが残り、『龍』が高い声を上げた。
「由果さん前っ!」
ククルの声に、とっさに地を蹴る。
由果の目の前に、ジェットコースターのゴンドラが二両連なって落ちてきた。靄に覆われていない、錆びきったゴンドラはここしばらく使われた形跡のない鉄屑の箱だった。
空中に、体長が短くなった『龍』が浮いていた。
「連結部分を叩き斬れる……」
由果は杖と『龍』を見て、構え直した。
『龍』が首を振り、口を開けた。
青白い塊が数個降る。
「きゃあぁっっっ!」
アスファルトに叩き付けるその衝撃で由果は吹き飛び、転がってしまう。
「防御できない……?」
「『
ククルが由果の前で四肢を踏ん張る。
『龍』は空中から下りる気配なく、青白い弾丸を撃ち続ける。
「どうしたらいいの……」
由果のデバイスが震えた。モニタに『着信 南場さん』とある。
「南場さんっ!」
『今、大丈夫?』
「大丈夫じゃないっ! なに!」
『杖の新しいモードが一つできたからアップデートしようかと思ってんけど、あとにしよか?』
「新しい……モード?」
『射撃モード。離れた霊障を撃つんやな、要は。
取り込み中やったら後にす――』
「今すぐちょうだいっ! 早くっ!」
由果は叫んでいた。
『龍』が放つ弾丸を転がってかわし、擦り傷も見る見る増えてゆく。服も汚れていく中、落ち着いた口調で話す南場に絶叫に近い声で言っていた。
『わ、わかった――今杖使ってたら、一旦終了させて。
転送するで。ククル、あと頼む』
由果の手から杖が消える。
デバイスのモニタには『ダウンロード中です』と砂時計が表示され、じりじりと進んでゆく。
「早く――早くっ」
『龍』が咆えた。由果が杖を持っていないのを見て取ると、由果に向かって急降下する。
「由果さんっ!」
由果が横に飛んで転がるのと、ククルが口を真一文字に閉じて正面から『龍』を受け止めたのはほぼ同時だった。
「ククルっ!」
ククルの小さな体が弾け飛ぶ。
『龍』は再び空中へ浮き上がり、ぐるぐると回って機会をうかがっている。
「だっ……まだ大丈夫だけど、ちょっと離脱させて……っ」
『戦ってる最中!? 先言うてや』
通話中だった南場が言う。
『ククル、一旦こっち来いっ。アップデートもリモートでやるッ』
由果のモニタにもう一つ『転送中』とタグが浮かぶ。
先のウィンドゥが消えた。
『アップデート完了ッ。モード『
由果は南場の言う通りに杖を再起動した。『龍』が鎌首をもたげる。
杖がぐにゃりと変形する。
螺旋状だった先端が膨らんで穴を作り、持ち手側が曲がって銃底を形取った。
『構えて撃つんや。連射もできる……はず』
由果は頷き、杖を構えた。
杖がもう一段階変形し、照準をつくる。
「当たってーっ!!!」
『龍』の頭部に照準を合わせて、由果は引き金状になっていた杖の端を引いた。
数秒のタイムラグののち、杖の先から真っ白な光が放たれる。
「当たれっ! みんなのっ
何度もトリガーを引く。
『龍』の頭部に数発の光弾を撃ち込んだところで、杖がぶつんと消えた。
『メモリー負荷が増大しているため、アプリケーションを強制終了します』
由果のモニタにタグが現れる。
「そんな……っ」
しかし由果が見上げた先にいた『龍』は苦しげな悲鳴を上げていた。
ゆっくりと降下してくる途中で靄が消え、地響きと共にジェットコースターが折り重なって落ちる。
由果のモニタからは、そこから溢れ出してくる青白い珠が多数確認できた。
「南場さん……っ」
『どうしたん? まさか――』
「杖――強制終了だって」
由果は地面にへたり込んだ。
周囲に静寂が訪れていた。
『わかった。あとで預かる。
それで――『霊障』はどうなったん?』
「にふぇーどー……倒せたさぁ。
みんなの魂も――っ!」
そこまで言って、由果は顔を上げた。
「ごめん南場さんっ、あとで電話するねっ」
急いで通話を切り、ジェットコースターの残骸に向かってフラフラと走る。
至る所に、人の魂が転がっていた。
「マブイグミ――しようねぇ」
『龍』の頭部になっていたジェットコースターの先頭車両に乗り、両手を合わせる。
デバイスから杖とは別のアプリケーションを起動し、さっと操作する。
由果の周囲に線香が浮かび上がり、並んだ。
「マブヤーグミ スグトゥ マーンカイウティトーティン……」
由果の声はしんとした通天閣界隈に、染みこんでゆく。
漂っていた青白い靄珠たちが動きを止めた。
「マブヤー マブヤー ウーティクーヨー」
由果は手を広げ、両腕いっぱいで何かを汲み取るように円を描いて抱く。
「マブヤー マブヤー ウーティクーヨー」
精一杯絞り出した声が周囲の魂たちを、規則正しく動かしていた。
「マブヤー マブヤー ウーティクーヨー……っ!」
三回目の言葉を唱え、腕を回す。
ざわついていた靄珠はぞくぞくと、各々の体に染みこんでゆく。
ジェットコースターから降りた由果は、昏倒したままの佳子の所に行った。
「佳子――」
そこで膝を落とし、佳子と重なるように隣り合って倒れてしまう。
人々が目を覚ましたのはそれからすぐだった。
◆◇◆◇◆◇
仮想空間の深淵で、一人の娘が
こぼれ落ちるものはないが、泣いていた。
「だめ、彩…………」
彼女の声は、どこにも届いていなかった――
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