Level 19

「あいつの高笑いが聞こえてくるみたいです」

     level 19


 予想してたことだけど、ノマドさんとの個撮は、まったくつまらなかった。


ノマドさんのカメラマンネームにもなっている愛車、『エスクード ノマド』でロケ地まで移動したのはいいんだけど、目的地に着くまでの話題は、ディープなオタク話やカメラ自慢ばかりで、ちっとも興味をそそられることなく、退屈そのもの。


「ヨシキって最近、EF24-70mmF2.8 L II USM使いだしたじゃん」

「なんですか? それ」

「レンズだよ。カメラの標準ズームレンズ。

『標準ズームに銘玉なし』ってね。大口径って言っても所詮F2.8じゃん。単焦点の描写にはかないっこないんだよ」

「はぁ、、、」

「ぼくは描写にこだわるから、ズームレンズは使わないんだ。今度買ったEF100mmf2.8 L マクロなんて、カミソリみたいなピントでボケも最高。しかも等倍まで寄れるから、美月ちゃんの毛穴まで写るよ」


ううっ。

毛穴は写してほしくない。


「今日のモデルは超素敵ランクの美月ちゃんだから、装備も最高ランクで揃えたんだ。この1DsMarkIIIなんて、プロも使ってるカメラで、80万円もしたんだよ」

「高いカメラなんですね」

「今日持ってきた純正のサンニッパ(300mmF2.8レンズの略称)と合わせて150万円。ふつうのレイヤーの撮影じゃ使わないよ。美月ちゃんだからこれで撮るんだよ。うふ♪」

「あ、、、 ありがとうございます」


あなたはレイヤーをランク付けして、機材を変えてるの?

それに、やたら金額のことを言うし。

そんな話題で本当に、女の子の関心を買えると思ってるの?



「すごいだろ~!」


 10月だというのに、額いっぱいに吹き出した脂汗を拭いながら、ノマドさんは得意げに言った。

300mmなんていう長い焦点距離のレンズを使ってるものだから、カメラも重いし、かなり離れたところから撮影しなきゃ全身が入らないらしいし、大声で指示出してもらわないと聞こえない。

ときどき、画像の確認のために、遠くから小走りでやってきては、わたしにモニターを見せて、大きなおなかを揺らしながら、また走って向こうまで行く。

まあ、けっこうな運動にはなるから、いいのかもね。


そうやってノマドさんが見せてくれた画像は、やっぱりたいしたことがなかった。

自慢の『150万円のカメラセット』で撮った写真は、やたらバックがボケてるだけの、平凡なもの。

『このとろけるような綺麗なボケは、サンニッパレンズじゃないと出ないんだよ』

と、カメラのモニターを見せながら、ノマドさんはドヤ顔で言うけど、ヨシキさんからすごい写真を撮られ、モデル事務所でカメラテストを繰り返しているうちに、わたしの写真を見る目もすっかり肥えてしまって、この程度の写真じゃちっとも驚かなくなっていた。

それでも、場の空気を読めないノマドさんは、少し撮ると『ちょっと待ってね。レンズ交換タイム』と言って、レンズを付け替え、気分が乗ってきた頃に、レンズを替えるためにまた撮影中断。その度にリズムが途切れて、気分が萎えてしまう。

画質なんかどうでもいいから、もっとテンポよく撮ってほしいのに。



 ようやく撮影が終わり、ノマドさんは脂汗を拭きながら、満足げに言った。


「今日の撮影は楽しかったね」

「え。ええ…」

「だれも知らない美月ちゃんがいっぱい撮れて、ぼくも大満足だよ。うふ♪」

「…」


あなたにしか見せてないわたしなんか、ないっつーの。

しかも、そのあとがさらに衝撃だった。


「今日はサプライズを用意してあるんだ」

「サプライズ?」

「銀座のレストランを予約してるんだよ。テレビのバラエテイにも出てるカリスマシェフがオーナーの、高級イタめしなんだ。今日の記念にふたりでワインでも傾けようよ。うふ♪」


ワインを傾けるって、、、

もしかしてわたしが、あなたとふたりっきりで食事するってわけ?

その方がよっぽど驚愕サプライズだわ。

しかもバブル時代じゃあるまいし、今どき『イタめし』なんて言わないわよ。


「いえ。悪いです。それにわたし、未成年ですから」

「大丈夫だよ。今日のためにせっかく予約とったんだし。そのレストランは人気店だから、なかなか入れないんだよ。レアなんだよ!」

「でも…」

「ねえ。ぼくに尽くさせてよ。美月ちゃんのためだったら、ぼくはお金を惜しまないから」

「だけど…」

「ねぇ。頼むから」


何度も断ったが、ノマドさんの執拗な押しに根負けし、仕方なく銀座まで足を伸ばして、ノマドさんお薦めの『高級イタめしレストラン』とやらに入る。

テーブル越しに彼のにやけ顔を見ながら食べるイタリアンは、せっかくの味もパッとしなかった。

手元もたどたどしいノマドさんは、ナイフとフォークを使うのにいっぱいいっぱい。

こういうレストランで食べ慣れてなくて、背伸びしてる感がありあり。

しかも会計のときは、


「えっ? ふつーの水が800円もするの? 頼んでもないのに納得いかないなぁ」

とボヤく始末。


『ほら。やっぱり他のカメコと撮影したって、時間のムダだったろ? ははははは』


どこからか、ヨシキさんの高笑いが聞こえてくるみたいだった。


つづく

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