「他の男を経験してみてもいいですか?」

「…そろそろ戻らなきゃ」


いつまでもヨシキさんの腕に抱かれていたいけど、そうもいかない。

そろそろ家に戻らないと、両親も心配する。

わたしを探しに来るかもしれないし、ヨシキさんとこうしている所を見られでもしたら、大問題だ。

惜しむように長いキスをして別れを告げると、ヨシキさんの見送るなか、わたしは神社を出て、急ぎ足で家に戻った。


いろいろすったもんだがあったけど、わたしとヨシキさんの仲は、こうして元の鞘に収まった・・・・


かに見えた。




「お帰り凛子。遅かったわね」


 家に帰り着いて二階への階段を登りかけたとき、居間から障子越しに、母の声が聞こえてきた。なんの疑いも持っていないようだ。


「あ、うん」

「あんまり遅いから様子を見に行こうと思ってたところなのよ」

「あっ。ご、ごめんなさい」


ふぅ、、、

間一髪セーフ。


「部活は、夏の大会で引退したんじゃないの?」

「そうだけど… たまにはやらないと腕が鈍るから」

「ずいぶん熱心ね。あなたそんなになぎなた、好きだった?」

「ええ… やめたら気楽になって、なぎなたもいいなって思えるようになって…」

「ふぅん。以前はなぎなた嫌いで、試合前でもこんなにお稽古したことなんかなかったのに」

「それに、武道って精神修養になるじゃないですか? これから受験勉強大変だし、わたしももっと精神面を鍛えておかなきゃと思って」

「ふぅん。凛子も成長したのね」

「、、、疲れたし、いっぱい汗をかいたので、シャワーを浴びます」


なぎなたの稽古と嘘ついて、神社で男と会って、エッチしてたなんて、、、

罪悪感で言い訳も早口になってしまう。

母は誘導尋問がうまい。

下手にしゃべっると、またボロが出るかもしれないし、近くに来られれば、情事の残り香に気づかれるかもしれない。居間から母が出てくる前に、わたしはそそくさと浴室へ入っていった。



『なんか、、、 うまくはぐらかされちゃった感じ。結局、証拠も見せてもらえなかったし』


睦みあったときにかいた汗とヨシキさんの匂いを洗い流したわたしは、部屋に戻るとベッドに寝転がり、天井の複雑な木目模様を見つめながら、漠然と考えていた。

こうしてベッドにひとり横たわっていると、さっきの余韻がまだ、からだの奥でくすぶっているのを感じる。


恥ずかしいけど、わたし、、、

ヨシキさんとエッチするのが、やっぱり、好き。

ヨシキさんにキスされ、愛撫され、ひとつになると、めくるめく感覚がからだの隅々を駆け抜けていって、自分を思いっきり曝け出すことができる。

理性も分別も麻痺してしまうくらい、快感の虜になってしまう。

そしてもっともっと、ヨシキさんのこと、求めてしまう。

まるで麻薬クスリに溺れるみたいに。

だけど…


「はぁ、、、」


大きなため息をついて、わたしは寝返りを打ち、枕に顔を埋めた。


ヨシキさんのいう『証拠』って、エッチすること?

わたしが拒めないのを、ヨシキさんには見透かされているのかもしれない。

エッチすることで、わたしを懐柔して。

結局わたしも、ヨシキさんのペースに巻き込まれて、『思いどおりにできる女』として、利用されているだけかもしれない。

所詮わたしも、ヨシキさんの『つまらない恋』の相手のひとり、、、


いったんエッチの効果が切れると、『クスリ』をする前よりも、不快感やイライラが募ってくる。

こうしてひとりになってしまうと、どうでもいいことばかり考えて、切なさと虚しさに翻弄されてしまう。


以前は、そんな事なかった。

離れていても幸せを感じていた。

だけど、漠然といだいていたヨシキさんへの不信感が、こうして具体的なものになってしまうと、彼の『過去』が生々しい現実として、わたしの胸を掻きむしる。

『信じたい』という気持ちと、『信じられない』という気持ちが、ぶつかりあってせめぎあい、心を乱す。


「あ~~、もうっ!」


勢いよく起き上がると、わたしはパソコンの電源を入れた。

インターネットブラウザを立ち上げて、惰性に任せて掲示板に目を通す。


なにやってんだ、わたし?!

こんな悪口だらけの掲示板に依存したって、いいことなんてあるわけない。


ブラウザを閉じたわたしは、代わりにメールソフトを立ち上げる。

新しいメールが来ていた。

カメコのノマドさんからの、個撮の誘いだった。

そういえばこの人は、わたしがイベントに行きはじめた頃からずっと、熱心に誘ってくる。

自慢している割にはたいした写真を撮るわけでもないし、本人の容姿や言動にもイタいところがあるので、適当な理由をつけて、個撮は断っていた。


『凛子ちゃんが満足できるカメコなんて、オレ以外にいないだろ。他のカメコとは撮影するだけムダ』

『他の男に撮られてみれば、凛子ちゃんもオレのよさが、改めてわかるだろう』


熱のこもったノマドさんの誘いのメールを読みながら、わたしはヨシキさんの言葉を思い出していた。

ヨシキさんは頭っから他のカメコさんをバカにしているみたいで、そういう自信たっぷりな態度も、なんだか鼻につく。


ほんとにそうだろうか?

わたしにとって、ヨシキさんが本当に最高のカメラマンなんだろうか?


他のカメラマンさんと個撮したことがないわたしには、ヨシキさんを測る『定規』がない。

ヨシキさんは、他のカメコさんと撮影するのを止めなかったし、むしろ勧めていたし、ヤツばかりがいろいろなレイヤーと『個撮』と称して遊び回り、わたしひとりだけが悶々としているのも、割に合わない。


「いいじゃん凛子。なにごとも経験よ。やってみれば?」


ひとりごちながらキーボードを叩き、わたしはメールを返した。

ノマドさんからの個撮を受けるメールを、、、


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