「野暮ったくて萎縮してしまいました」
川島さんが言ったとおり、みっこさんのレッスンは厳しかった。
最初はウォーミングアップを兼ねて、ストレッチからはじまり、バレエのバーレッスンをみっちりとおこなう。
クラシックバレエは、ふだん使わない筋肉を動かしてからだを引き締め、インナーマッスル(からだの深層部の筋肉)を強化し、ヒップアップや基礎代謝もアップするらしい。
やりすぎるとバレエ的な筋肉のつき方をして、モデル体型とは違ってくるそうだけど、適度にする分には効果的で、なによりモデルに必要なエレガントな動きが身につくそうだ。
森田さんも幼少よりずっとバレエをやってきたので、ストレッチに取り入れているということだった。
バレエは少しかじった程度でしかないわたしに、森田さんは基本の足のポジションからプリエ、アラベスクまで、それこそ手取り足取り、細かいところまで教えてくれた。
40分程の基礎トレーニングだったが、筋力のいるゆっくりとしたエクササイズは思った以上に運動量があって、わたしは汗をしたたらせながら息を乱した。
「凛子ちゃんは、どんなモデルになりたいの?」
タオルを渡してくれながら、森田さんが訊いてきた。
「それは… まだ、よくわからなくて」
「まあ、そうでしょうね」
「すみません」
「いいのよ。凛子ちゃんはまだモデル目指して日が浅いし、明確なビジョンを描けるようになるには、もう少し時間と経験が必要かもね。じゃあ、これを見て」
そう言って森田さんは、テレビをつける。
画面にはファッションショーの様子が映し出され、ステージを歩くモデルが出てきた。
「モデルってひと口に言っても、いろんなジャンルがあるわ。
今映っているのはファッションモデル。テレビなんかでふだん目にしているのはコマーシャルモデル。
それぞれ特性が違うけど、今映ってる一流モデルのウォーキングをしっかり目に焼きつけて、自分でイメージできるようにしてみてね」
そう言って、休憩の間はビデオでファッションショーの鑑賞会。
やはり、一流モデルはすごい!
コンパスのような長い脚でランウェイを颯爽と歩き、センターステージでは流れるようにポーズをとり、それが見事に絵になっている。
コスプレでもポージングの差が出るけど、一流モデルはさすがにレベルが違う。
あまりの美しさとすごさに、わたしは画面から目が離せなかった。
「今見たように、どんなモデルでも基本はウォーキング。からだが覚えるまで、何万歩でも歩いてね」
鑑賞会が終わるとレッスン再開。
スタジオの端にわたしを立たせた森田さんは、そう言ってパンパンと手を叩き、わたしを歩かせる。
「背筋をもっとピンと伸ばして。
脚は腰から出すイメージで。
膝を曲げない!
太ももをすり寄せるように、平行棒の上を歩いてると思って!
上体がフラついてる!
何度も同じこと言わせないで!!」
スタジオの端から端まで、何回も何回も、飽きるほど歩かせる。
一往復する度に、どこかしらダメ出しを受ける。
みっこさんのチェックは、細かくて的確だった。
からだのラインがわかりやすい服を着ているおかげで、自分のダメさが目の前の大きな鏡に、否応なく晒け出される。
そこに映るわたしのウォーキングは、みっこさんから見せられた、ステージを歩くモデルたちのビデオとどこか違っていて、自分で見ても全然『モデル』っぽくなくて、納得できるものではなかった。
「じゃあ、今度はいっしょに歩いてみましょ」
しばらくわたしのウォーキングを見ていた森田さんは、不意にわたしの隣に並び、そう言って歩きはじめた。わたしも並んで歩きながら、鏡に映る彼女を見た。
なんて綺麗なウォーキング!
腰から大きく振り出す脚は、うしろ脚までキチンと伸びていて、かっこいい。
まっすぐ伸ばした上体は、芯がブレることなく、まるでお姫さまみたいに優雅だった。
洗練されたウォーキングを見せる森田さんの隣で、田舎娘のように野暮ったく歩くわたしが、正面や横の壁の鏡に映って、嫌でも目に入る。
その差はあまりに大きくて、わたしは恥ずかしさで余計に萎縮してしまった。
「まあ、そんなに悲観することないわ。凛子ちゃんは日舞やなぎなたで、着物の仕草が身についてるでしょ。そもそも和服と洋服じゃ、歩き方の基本が全然違うしね」
「そうなんですか?」
「和服のときは、膝の上で脚を縛って歩く訓練するくらい、膝をくっつけてすり足で歩くのが基本だけど、洋服の場合は膝を曲げずに、腰から大きく脚を振り出して、かかとから着地する感じで歩くのよ」
「そんなに違うんですね」
「ええ。和服は直線的で平面的な衣装だけど、洋服は曲線的で立体的だしね。立ち居振る舞いもまるっきり違ってくるわ」
「わたし… できるでしょうか?」
「大丈夫よ。凛子ちゃんは基本的に身のこなしに品があって綺麗だから、コツさえ掴めばウォーキングもすぐにうまくなるわ」
つづく
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