Level 13
「そんなに見られると恥ずかしいです」
level 13
森田美湖さんの家は、都心から少し離れた中央線沿いの郊外にあった。
アーリーアメリカン調の二階建てのすごくお洒落な家で、屋根にそびえる煙突が印象的。
うちから30分程度で行ける距離で、学校の帰りにも寄れるので、週2回のレッスンでも大丈夫だろうし、『課外授業で遅くなる』と、親にも言い訳ができそう。
もちろん、親に嘘をつくのはやはり、気が引ける。
『これからは、わたしには嘘をつかないでちょうだい。これ以上わたしを悲しませないで』
そう、母に釘を刺されたのは、ヨシキさんと山口のバカンスから帰ってきた日のこと。
わたしだって、親を騙すのは不本意だが、しかたない。
教育者で、保守的で厳格な父や母が、『モデル』という不確実性の高いタレント的な仕事を、受け入れてくれるのかどうかは、わからない。
ならば、下手に許可を求めて余計なさざ波を立て、レッスンに通うのが難しくなるより、ないしょにしておく方が、現実的だろう。
17時少し前、レッスン用のTシャツとショートパンツを学校のサブバッグに忍ばせ、制服のままで、わたしは森田さんの家のチャイムを鳴らした。
「いらっしゃい。あら。制服姿もいいわね」
簡素だけど質のよさそうなキャミソールと、二分丈くらいのゆるいパンツ姿で、森田さんはニッコリと微笑んで出迎えてくれた。
「今日はよろしくお願いいたします」
「覚悟しといてね。ここに来た以上、容赦なくしごくわよ」
「はい。頑張ります!」
「ふふ。なんてね。そんなに固くならずに、リラックスして、レッスンを楽しんでちょうだい。さ、入って」
緊張しているわたしの背中をポンと押し、森田さんはわたしを家へ招き入れてくれた。
ひとり暮らしとは思えないほど、森田さんの家は広くて立派だった。
フローリングのリビングにはベンチ代わりの出窓があって、壁際には大きなマントルピースが備えつけられている。
「暖炉ってすごく癒し効果があるのよ。今は夏だから火は入ってないけど、寒くなると薪をくべて、その前に座り込んで、揺れる炎を見ながらココアとか飲んでると、仕事の疲れなんて忘れちゃうわ」
「へぇ。いいですね。わたしも暖炉に当たってみたいです」
「冬になったら、いっしょに和みましょうね」
そう言いながら、リビングを横切った森田さんは、奥の部屋にわたしを案内した。
そこはダンススタジオのような広々とした部屋で、部屋の中には大きなテレビとオーディオセットだけが置いてあり、鏡張りの壁にはレッスンバーが取りつけられている。
「じゃ、早速はじめるわよ。ほら、着替えて」
打って変わって厳しい声に、わたしは慌ててバッグからレッスン着を取り出した。
「あの… どこで着替えれば」
「ここでいいわよ」
「えっ? 更衣室とかないんですか?」
「ここじゃあそんなものは必要ないでしょ。さ、早くして」
「は、はい!」
焦りながら、わたしは制服のリボンをほどき、ブラウスのボタンをはずす。
Tシャツをかぶると、ショートパンツを履いてスカートを下げる。
その様子を、森田さんはじっと見つめていた。
「あの… 恥ずかしいです。そんなに見られたら」
「あは。習性でつい、ね。
からだつきとか姿勢とかしぐさとか、観察してしまう癖があるのよ。
でも、プロモデルになったら、恥ずかしいとかそんなこと、言ってられないわよ」
「そうなんですか?」
「例えば、ファッションショーとかだったら、バックステージはもう、戦争状態よ。舞台から降りたモデルは走りながら服脱いで、次の服に着替えたりしてるし。男の人がいても」
「えっ? そっ、そんなことがあるのですか?」
「まあ、そんな場所にいる男なら、女のはだかなんて、その辺のマネキン程度にしか思ってないから。
だいたい、目が回るほど忙しいときに、のんびり女体鑑賞なんてしてられないわよ」
「はあ…」
「ま。今のあたしはじっくり、凛子ちゃんのこと、見させてもらってるけどね」
「えっ?」
「凛子ちゃんって、姿勢がいいわ。しっかり背筋が伸びてて、脚も長くてまっすぐで、胸も張ってるし。それに、仕草も綺麗。やっぱり、なぎなたとか日本舞踊を習ったおかげ?」
「そうかもしれません。どちらも型にうるさいですから」
「ふぅん。和と洋じゃ違う部分もあるけど、凛子ちゃんならすぐに馴染めるかもね。じゃあ、着替え終わったらこちらへ来て。まずは立ち方の基本から」
そう言って森田さんは、Tシャツとショートパンツ姿のわたしを、壁に背中をつけて立たせる。
「後頭部と肩甲骨、それからお尻と
おなかに力を入れて。内臓を引っ張り上げるつもりで!」
わたしのおなかをぐっと押さえながら、森田さんはアドバイスをした。
ううっ。
この姿勢をずっと維持するのは、かなり腹筋がいるかも。
つづく
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