Level 11

「まるで非現実的なアートな写真ですね」

     level 11


“さらさらさら…”


衣ずれのような音が、かすかに聞こえてくる。

昨夜は撮影のあと、ふたりとも盛り上がってまたエッチをしてしまったせいで、眠るのが遅くなり、目が覚めたときにはもう、8時を過ぎていた。

カーテンを開けると、海はぼんやりと薄紫色に煙っていて、窓一面に水の雫がしたたっている。

衣ずれだと思ったのは、霧雨が窓にしなだれかかる音だった。


「え〜、残念。今日は雨ですね」

「…ああ、そうみたいだな」


面倒くさそうに毛布から顔を出し、寝ぼけ眼でヨシキさんも窓の外を眺めた。

やっぱり昨日のうちに、角島で遊んでおけばよかった。

少しだけ、後悔がよぎる。


「せっかく、角島の綺麗な海で泳げると思ったのに」

「まあ、リゾートの雨も乙なもんだよ。凛子ちゃんといっしょなら」

「そうですか?」

「さ。もう朝食に行かなきゃな。あまり時間がない」


そう言って気合いを入れるように、ヨシキさんは勢いよくベッドから跳ね起きた。



 あわただしく朝食をすませたあと、帰りの支度を整え、11時少し前にわたしたちはホテルをチェックアウトした。


「これからどうするんですか?」


レンタカーを停めている駐車場に向かいながら、ヨシキさんに訊く。今日は時間が許す限り、海で遊ぶつもりだったから、それができないとなると、なにをするんだろ?

雨を確かめるように掌を差し出し、グレーの空を扇いだヨシキさんは、平然とした顔で言った。


「海で泳いで、写真撮ろうよ」

「雨が降っているのに、ですか?」

「たいして降ってないし、雨の時にしかできないことを楽しもう」

「雨の時にしか?」

「どうせ濡れるんだし、泳いだって平気だろ。快晴の夏っぽい写真は昨日撮れたし、雨の写真もムードがあって、いいと思うよ」

「でも、カメラが濡れて、壊れてしまいますよ」

「大丈夫。オレのカメラはそんなにヤワじゃないから」


そう言うとヨシキさんは、クルマを角島へと向けた。


 昨日の澄んだ爽やかな景色とは打って変わり、今日の角島大橋はぼんやりと霞んでいて、向こう岸は鉛色に重く沈んでいる。

水しぶきを立てながら橋を渡り、ロケハンのときに目星をつけていた海岸に、ヨシキさんはクルマを止めた。

日本海に面した外海は、大きな波が押し寄せていて、剥き出しになった荒波が、白く砕け散っている。

海岸の近くに建てられていた更衣室で水着に着替えたあと、わたしたちは雨に煙った砂浜に出ていった。さすがにこんな天気では、海で遊んでいる人なんてひとりもいない。

糸を引くように落ちてくる雨が、からだを濡らす。

サンドレスを羽織っていても、少し肌寒い。

水着一枚のヨシキさんは、はだかの肩にカメラのストラップをかけ、首をすくめながら訊いた。


「寒い?」

「少し」

「じゃあ、服のまま泳ごう」


そう言うとわたしの手をとって海へと引っ張っていき、ザブザブと水の中へ入っていく。


「大丈夫ですか? カメラ壊れませんか?」


たくさんの水滴がついているカメラを見て、わたしは心配になった。

しかし、そんなことに頓着する様子もなく、ヨシキさんはカメラを構える。


「大丈夫。水濡れには強いカメラだから。それに少々しぶきがかかるくらいの方が、面白い絵が撮れるよ」

「すごいですね。こんな雨でも撮れるなんて」


『OLYMPUS』とロゴの入ったカメラを見ながら、わたしは感心するように言った。


 白いサンドレスを羽織ったまま、わたしは腰まで海につかった。

昨日のリゾートホテルの海と違い、外海に接している角島の海は、波も高い。

押し寄せてくる波に、抗うようにからだをぶつけると、ザバンとしぶきが舞い上がり、水玉が飛び散る。

そういう光景が面白いのか、波が来るたびにヨシキさんは、続けてシャッターを切っていた。


「いいよいいよ。ワイルドだね~。もっとカメラを睨んで。そう! 『この波め』って、目力全開で怒りをぶつける感じで。いいよ!」


降り注ぐ雨粒と波しぶきをものともせず、ヨシキさんは果敢に撮影に挑む。

その姿は野性的で、逞しい。

ヨシキさんって、なにをしても絵になるな。



「ちょっと休もうか」


ひとしきり撮ったあと、近くの岩陰に移動して雨をしのぎながら、ヨシキさんは今撮った画像を、モニターで見せてくれた。


それは、不思議な光景だった。

まるで非現実的な、アートな写真。

肉眼で見るよりも遥かに青く、真っ青な景色のなかに、濡れたサンドレス姿のわたしがいる。

背景の雨雲は、豊かなブルーグレイの色彩が折り重なって、波頭とワンピースの白が綺麗なコントラストを織りなしている。薄暗い天気だというのに、その画像には陰鬱いんうつさのかけらもなかった。

自分で言うのもなんだけど、濡れて貼りついたドレスの胸元や腰がほんのり肌色に透けていて、すごく色っぽい。


「どうしてこんなに綺麗に撮れるんですか?! 雨なのに全然濁ってないです!」


暗くよどんだ写真を想像していたわたしは、感動して思わず訊いた。


つづく

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