「甘い夜のリゾートは大胆になれます」
夕陽が、海へと沈んでいく。
火照ったからだが鎮まるように、茜色の空が次第に濃い群青色に変わっていき、あたりは
日没の海が見渡せるホテルレストランのテーブルについて、わたしたちはそんな光景を眺めていた。
「なにか飲む?」
「お任せします」
「じゃあ、スパークリングワインにしようか」
そう言ってヨシキさんは、ドリンクメニューを広げたソムリエが薦めてくれた、ロゼのスパークリングワインをグラスで頼む。
ソムリエの背中を見送りながら、ヨシキさんはお茶目な微笑みを浮かべて、こっそりと言った。
「凛子ちゃんはまだ高校生だから、お酒はヤバかったかな?」
「大丈夫です。きっと」(*作者註 ダメです)
「いける口?」
「強いですよ。父や兄の晩酌に、つきあったりしていますから」
「へえ~。さすが薩摩おごじょ。鹿児島の人は酒が強いイメージだよな。じゃあ、遠慮なく飲ませるか」
「ヨシキさんの方が、先に潰れるかもしれませんよ」
「お。言ってくれるな」
ヨシキさんは愉快そうに笑う。
細長いシャンパングラスに、淡いピンク色の液体が注がれ、小さな気泡がグラスのなかでゆらゆらと立ち上がり、はじけて消えてゆく。
「じゃあ。はじめての旅行の記念に」
そう言ってヨシキさんは、グラスを掲げる。
わたしも目の高さにグラスを掲げ、スパークリングワインにくちづけた。
いちごのようなフルーティな香りが鼻腔をくすぐり、芳醇な果実の実りが、舌の上で花開く。
スパークリングワインも美味しかったけど、なにより、こんな素敵なリゾートホテルのレストランで、ヨシキさんと豪華な食事をしているという事実が、わたしを酔わせた。
テーブルの上には美味しそうなフランス料理が、次々と運ばれてきた。
伊勢エビのスープや、生ウニをクリームにからめたもの。
鯛のポアレは皮がサクサクしていて、身は引き締まって美味しいし、メインディッシュの牛ロースのソテーも、お肉の旨味が濃厚でやわらかく、焼き具合も絶妙。
はじめて連れていってもらったスペインレストランも美味しかったけど、このホテルの料理も、どれも新鮮であざやかで、とっても素晴らしい。
ヨシキさんは流暢に、フォークとナイフを使って食べている。
前から思っていたのだけど、食事をするときにもヨシキさんは、ピンと背筋を伸ばして食べる。そういう姿も品があって、もっと好きになってしまう。
「場慣れしているんですね。わたし、フレンチのフルコースとかあまり食べたことがないので、ちょっと緊張します」
「そう? それにしては優雅にナイフとフォーク使ってるけど。やっぱり島津のお姫様の、生まれながらの気品かな?」
「もうっ。そのネタで茶化さないで下さい」
「ははは」
シャンパングラスを掲げながら、ヨシキさんはわたしをやさしく見つめる。
どんなときにも余裕があって、なんでもこなせるヨシキさんは、やっぱり尊敬できるし、素敵。
「酔い覚ましに、少しビーチを歩いてみようか」
食事のあと、ヨシキさんはわたしの手をとり、レストランからビーチへ出た。
グラスのスパークリングワインだけではもの足りず、わたしたちは結局、赤ワインのフルボトルを、一本開けていた。
吸い込まれそうな漆黒の空には、ミルクをこぼしたようなたくさんの星が瞬き、ライトアップされた光が、熱帯樹や教会を仄かに浮かび上がらせている。
なぎさには先客のカップルがいて、ひとつのシルエットになっている。
夜のリゾートホテルは、昼間とはまた違った、ロマンティックな雰囲気を演出していた。
「足許がなんだかふわふわします。少し酔ったみたい」
「大丈夫? それにしても凛子ちゃん、お酒強いね」
「すみません。調子に乗って、たくさん飲んじゃいました」
「いいよ。凛子ちゃんって酔うと、頬や耳がピンクに染まっちゃって、すごく可愛いよ」
「やだ」
そう言って、わたしはヨシキさんの腕に絡みつき、肩にもたれかかる。
太陽の下では、こんな恥ずかしいことはできないけど、お酒の勢いと、夜のリゾートの甘い雰囲気で、大胆になれてしまう。
ヨシキさんもわたしの肩を抱き、しばらくふたりで、夜の浜辺を歩いた。
寄せては返す波の音を聞きながら、キスをかわす。
「んん…」
いい気分。
抱き合ったまま、わたしたちは芝生の上に座り込んむ。
そのままわたしは、ヨシキさんの肩を押して寝転がせ、上に馬乗りになった。
「キスしてあげます」
そう言いながらわたしは腰をかがめ、唇を重ねる。ヨシキさんがしてくれるみたいに、まぶたや耳、首筋や胸元にもキスをしていく。
「人が見てるよ」
「見せつけてあげましょ」
「凛子ちゃんって、お酒が入ると人が変わるな」
「嫌いですか?」
「いや。こんな大胆な凛子ちゃんも好きだよ」
「ふふ。わたし、淫乱なのかも」
「大歓迎だよ」
「じゃあ、もっとさせて下さい」
わたしはキスを続けた。
軽く瞳を閉じ、ヨシキさんは気持ちよさそうに、唇をかすかに緩める。
そんな表情を見ていると、こちらまでむらむらしてくる。
もっと攻めてやりたい。
つづく
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