「好きだという感情はとめられません」

『こんなヤツに惚れちゃダメだ、凛子!』

『こいつにだけはハマっちゃいけない。やめるなら今だ、凛子!』


わたしの理性はそう警告している。

だけど、好きだという感情はもう、止められない。

離れたくない!

離したくない!


「ヨシキさんがどんな人だろうと、わたしはヨシキさんのことが好きです。

ヨシキさんは才能もあって素敵な人です。誰からもそう見えると思います。

それに、わたしよりずっと年上だから、過去に何人も恋人がいても、全然おかしくないです。

そんなことは、とっくに覚悟しています。

わたし、それでヨシキさんに失望したり、責めたりしません!」


唇が離れたあと、堰を切ったように、わたしの口から言葉が溢れ出した。

今までの溜まっていたものを、全部吐き出すかのように。


「ヨシキさんには、ほんとうは今も他に恋人がいるのかもしれない。

わたしなんて、ただの遊びなのかもしれない。

それでもいいです。

いえ。よくないけど… 

それでもわたしが、ヨシキさんのことを好きだという気持ちは、なにも変わりません。

買いかぶらないで下さい。

わたしは白馬の王子をただ待っているような、清らかなお姫様なんかじゃありません。

わたしはヨシキさんに愛されたいと願っています。心だけでなく、からだも。

ヨシキさんをだれにも渡したくない。

ヨシキさんに抱かれたい。

ヨシキさんのものになりたい。

そんなことばかり考えているような、いやらしい女なんです」


口にすると、余計に気持ちが昂ってくる。

まるで、自分の言葉に悪酔いするみたいだった。


「昨日は本当に嬉しかったです。ヨシキさんからキス… とかされて。

あんなことはじめてだったから。

あのときは怖じ気づいてしまったけど、わたしもう、逃げたりしませんから」

「…」

「だから、『似合わない』なんて言うの、やめて下さい」

「…」

「ヨシキさんから否定されるのが、いちばん辛いです」

「…」

「…」


しばしの沈黙。

ヨシキさんは、わたしをまっすぐ見つめている。

ぞくぞくするような、本気の

意を決するように、ヨシキさんは訊てきた。


「…ほんとに、後悔しない?」

「しません。絶対」

「じゃあオレも、自分に正直になる」

「え?」

「オレ、恋人を作らない主義だったんだ」

「…」

「もう恋はしなくていいと思ってた。でも、凛子ちゃんに出会って、その気持ちが揺らいだ」

「わたしに… 出会って」

「オレはもう、その主義を棄てる」

「…」

「凛子ちゃんは、自分を変えるためにコスプレはじめたんだろ?」

「え? ええ」

「最初は、その手伝いを、オレができればいいと思ってた。だから個撮にも誘った。ほんとにやましい気持ちなんてなかった。

でも、オレにとって凛子ちゃんは、たった一日で、大きな存在になっちまったんだ。自分を制御できないくらいに。」

「…ほんとうに?」

「もう、忘れてかけてた。こんな感情は。

昨日から… こんなに苦しかった一日は、何年ぶりだろう」

「苦しい?」

「凛子ちゃんのことを想って」

「…」

「きみを大事にしたい。オレには凛子ちゃんが必要なんだ」

「…ヨシキさん」

「オレってダメなやつで、ずるくて卑怯な男だけど、今から変わりたい。

きみにふさわしい男になりたい。

凛子ちゃん、オレに手を貸してくれないか」

「わたしが? ヨシキさんに?」

「君にしか、オレを変えられない」

「ほんとうに?」

「ああ…」

「それは嬉しいです、けど…」

「凛子ちゃん…」


そう言うとヨシキさんはからだを寄せて、顔を近づけてきた。

条件反射のように、わたしは瞳を閉じる。

唇にいったん軽く触れたあと、色っぽい瞳でわたしを見つめ、今度は情熱的な濃いキス。

官能の生き物のように、ヨシキさんの舌がうごめき、わたしの唇をこじ開けて、口のなかに入ってくる。


「ん…」


思わず声が漏れる。


『君にしか、オレを変えられない』


ヨシキさん?

それって、わたしの都合よく受け取っていいの?

ほんとうにヨシキさんは、わたしに対して制御できない感情… 恋、してくれているの?

『恋人を作らない主義』を棄てたくなるくらい。

『忘れかけてた感情』って…

その前の恋は、どんなだったの?

わたしはほんとうに、あなたを『変える存在』になったの?


訊きたいことはたくさんあるのに、キスをされるとすべての思考が止まる。

けてしまいそうなくらい、暖かな感触が溢れてくる。


「好きだよ。凛子ちゃん」


耳元でささやくかすかな吐息が、わたしの心に火をつける。

ヨシキさんの唇は、口からまぶた、耳、首へと這っていき、キスの場所が変わるたびに、これまで味わったことのない、生まれたての新鮮な快感が背筋を走り、わたしのなかの炎が燃えさかっていく。


「あっ… ああ…」


もう我慢できない。

ヨシキさんの頭に腕を回し、わたしは思わずのけぞった。

昨日のように、いつの間にかブラウスのボタンがはずされていて、ヨシキさんの大きな手が、わたしの胸を包み込むようにして、快感へといざなっているのが、はじめてわかった。

昨夜はここで怯んで拒んでしまったけど、今日は勇気を奮い起こし、ヨシキさんの愛撫を受け入れた。


つづく

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