「対人警報のアラームが鳴りまくっています」

「はじめまして。こんにちは」


ほんの少しの警戒心を抱きながら、わたしは軽く頭を下げて、大竹さんに挨拶した。

わたしを見て、驚くように一瞬目を見開いた大竹さんは、『はっ、はじめまして』と、ぎこちなくうなずきながら挨拶を返す。ヨシキさんは続いて、大竹さんの連れの女の人も紹介する。


「彼女はレイヤーの美咲麗奈さん。普段はエロゲーのコスが多いけど、最近はボカロメインでやってるよ」

「…こんにちは」


少し構える様にして、わたしは彼女にお辞儀した。

直感的に感じる。

この人…

なんだか好きになれない。

大竹さん以上に、わたしの対人警報が、ビービーと警告音を鳴らしている。

あのときの、ヨシキさんの腕に胸を押し当てて絡みつき、『写真撮ってぇ』と、鼻にかかった声で甘える姿が、甦ってくる。

とってもいやらしくて、はしたない女。

こういう、色気を武器に男に媚を売るようなタイプは、わたしは嫌いだ。


ずっと不機嫌そうに頬杖ついて、窓の外を眺めていた美咲麗奈さんは、わたしの方を振り向き、一変して花の様に可愛らしい笑顔を向け、明るく親しげな調子で言った。


「美月梗夜さんね。こんにちは。よろしくねw」


なに?

この変わり身の早さ。

なんだか、ヨシキさんの前で調子を合わせているみたいで、胡散臭うさんくさい。

そうは思っても、ふたりともヨシキさんの知り合いだし、彼女にだけ仏頂面するわけにもいかない。できるだけ平静を装い、わたしも美咲さんに挨拶を返した。


「よろしく。美咲さん」

「麗奈でいいよ」

「ありがとうございます」

「梗夜さんっていくつ? いつからコスプレしてるの?」

「17歳です。コスプレははじめたばかりで、まだわからない事が多くて…」

「そう。なにか困った事があったらあたしに相談してね。力になるから」


いきなりなにを言っているの?

会ったばかりのあなたなんか信用できないし、相談なんてするわけがないじゃない。

それとも、なに?

悩みを握って、わたしのことを取り込んだり、精神的に優位に立とうとでも考えているの?


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


内心そう思っていても、気持ちを顔に出さないようにするわたし。

好き嫌いが激しいくせに、だれにでもいい顔をしてしまう、自分のこういう八方美人な性格が、嫌なんだ。

だけど、美咲麗奈はわたしの言葉に気をよくしたのか、さらに親しげに言った。


「メアド交換しようよ♪」

「え? ええ」

「明日のイベントも来る?」

「行くと思います」

「そっか。会えるといいねw」


そう言いながら、美咲麗奈はスマホを取り出した。

わたしも仕方なく、自分のメールアドレスを美咲麗奈のスマホに送る。


「自己紹介が終わったとこで、おまえらと相席してもいいか? 賑やかな方が楽しいしな」

「ゴメン。あたしたちもう出る所だったの。デートの途中だしね」


座りかけたヨシキさんを遮り、美咲麗奈は急かすように大竹さんの手をとって、素早く立ち上がった。


「ミノルくぅん。麗奈まだ行きたいとこいっぱいあるんだ。もっともっと楽しもうねw」


わたしたちへの挨拶もそこそこに、美咲麗奈は甘えるように大竹さんの腕をとり、例によって自分の巨乳をグイグイ押しつけながら、カフェを出ていった。


このふたり、本当にデートをしていて、偶然ここで遭ったの?

とてもそうとは思えない。

こう言っては悪いけど、美咲さんが大竹さんのことを好きだなんて、わたしには感じられない。

これって絶対、ヨシキさんに見せつけていたのだと思う。

彼の気をくために、大竹さんを利用しているに違いない。

あのひと、ヨシキさんのことが好きなんだ。

きっと、好きな男を手に入れるためには、手段を選ばないタイプ。


ますます好きになれない。

大竹さん、当て馬にされてしまって、可哀想。


「ごちそうさま。あんまり遊び過ぎて、明日のイベント忘れんなよ」


外へ出ていくふたりの背中に、ヨシキさんは軽口を浴びせた。

ヨシキさん。

大竹さんが利用されていることに…

美咲麗奈が自分のことを好きだということに…

気がついていないのかな?

それとも、知っていてわざと平静を装っているの?


う~ん。

恋の駆け引きって、よくわからない。



 それぞれの思惑とはうらはらに、昼下がりのカフェは陽気で賑やかだった。

わたしも、大竹さんと美咲さんのことはすぐに忘れ、ヨシキさんとの会話に没頭していた。


「そうだ。トワイライトをバックに撮ってみない?」


ヨシキさんがそう誘ってくれたのは、スウィーツも食べ終え、テーブルを挟んで写真やコスプレの話をしていた最中だった。


ヨシキさんはiPadを取り出し、自分の撮った写真をいろいろと見せてくれていた。


「あっ。この景色、わたし好きです!」


なかでもわたしの目を惹いたのは、深い群青色のグラデーションを織りなした、夕景の写真だった。

刷毛で掃いたような筋雲が放射状に伸び、果てしないビル群のシルエットの向こう側に、わずかにオレンジ色の残光が沈んでいて、それがビルのイリュミネーションといっしょに水面に映え、なんともいえない美しさを放っている。


つづく

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