「もやもやがつかえて苦しくなってしまいます」

 新宿中央公園でしばらく撮影したあと、近くのファミレスで遅めの昼食をとり、わたしたちはコスプレ衣装や小物を見るために、秋葉原に向かった。

今日はお試し撮影兼、『リア恋plus』のコスプレを撮影するための素材集めということで、いいスポットで私服撮影しながら、コスプレ撮影のための衣装や小物をみつくろう予定だった。

好きなひとと、こうして一日いっしょに過ごせるのは、舞い上がるほど楽しい。

だけどそれ以上に、わたしの胸のなかには、モヤモヤした『なにか』がつっかえていて、ときどき息もできないくらい、苦しくなることがあった。


今日が純粋に『デート』だとしたら、こんな切ない想いをすることもないかもしれない。

いっしょにいても、わたしとヨシキさんとは、ただの『モデル』と『カメラマン』。

それだけの関係。

なんだか辛い。

いっそわたしの方から、告白しようか?

だけどヨシキさんは、『特定のコスプレイヤーさんとつきあったりしない』みたいなことを言っていたし、ほんとうはちゃんとした彼女がいるのかもしれない。


ううん。


こんなに才能があって、容姿も抜群にカッコいい人なんだから、彼女がいない方がおかしい。

わたしみたいなただの女子高生が、『好きです』と告白したところで、一笑に付されて妹扱いされるのがオチかも。

それに、撮影のためとはいえ、こうして1日、いっしょにいられるのだもの。

それだけで満足した方がいいのかもしれない。

だけど…


やはり、わたしは自分の気持ちを、この人に知ってもらいたい。

わたしのことを、もっと見てほしい。

認めてほしい。

でも、それを伝えるのは怖い。

わたしの想いはいつもそこで、逡巡しゅんじゅんしている。


ヨシキさんといっしょにいるのは、とっても楽しい。

それとはうらはらに、鬱屈うっくつした想いもたまっていく。


ふたつの気持ちが、ぶつかりあいながら渦を巻き、翻弄する。

だけど、そんなジレンマをヨシキさんには悟られないように、わたしはできるだけ平静を装っていた。



「近くにいい感じのカフェがあるから、そこでお茶しながら今日の反省会とか、次の撮影の打ち合わせとかしない?」


あちこち歩き回って、少し疲れてきたかなという頃、タイミングよくヨシキさんが提案してきた。拒む理由はなにもない。


 彼が連れていってくれたのは、秋葉原のはずれにあった小さなカフェだった。

よく行くお店なのだろうか?

勝手知った感じで、ヨシキさんは店のドアを開けて、わたしを先に通す。

こじんまりとした女の子っぽい淡いピンクの店内には、アンティークでお洒落な小物やクッションなどが置いてあって、とっても可愛い。ティータイムを過ぎた頃なので、店内は若い女の子たちで賑わっていた。


「あれ、ミノル? 珍しいな、こんな所で」


カフェのドアを開けて数歩歩いたところで、ヨシキさんは窓ぎわに座っていたカップルの若い男性を振り返って、意外そうな顔をして言った。


知り合いかな?

そう思ってわたしも何気なくテーブルの方を見たが、驚きのあまり、思わず声が出そうになった。


この男の人は…

水曜日に優花さんと原宿に行ったときに見かけた、中学生くらいの女の子に振られていた人だ!

しかも…

いっしょにいる女の人は、以前、イベントのときに、甘ったるい声で『ヨシキぃ~。撮ってぇ~』とせがんでいた、巨乳のコスプレイヤーさん!


「ヨっ、ヨシキ!」


男の人は慌てたようにヨシキさんの名を叫び、いきなり立ち上がった。

その拍子にテーブルに太ももをぶつけ、コップの水が少しこぼれる。


「ご、ごめんっ」


そう言いながら彼はぎこちない手つきで、おしぼりでテーブルを拭いている。


「慌てんなよミノル。悪りぃな、デートの途中邪魔しちゃって」

「べっ、別に、、、デートってわけじゃないんだけど、、、」

「ふぅん、、、 ま、いいや。あ、彼女はレイヤ-の美月梗夜さん。梗夜さん。こいつはぼくの相方兼親友の大竹稔。ミノルでいいよ」


そう言ってヨシキさんはわたしを振り返り、その男の人を紹介してくれた。

なんだか意外。

こう言っては悪いけれど、こんなおとなしそうで地味で冴えない、俗にいう『オタクの草食系』っぽい感じの人と、それとは正反対の『イケメン肉食系』なヨシキさんが、『親友』だなんて。

だけどそれはヨシキさんが本当は、堅実で誠実な人である証明のような気もする。


わたしの男を見る目を養うためかどうかは知らないが、父がよく言う言葉があった。


『友達を見ればその男のことがわかる。母親を見ればその女のことがわかる』


要は、『男は同類同士で群れる』ということ。

父のこういう紋切り型の講釈や説教には、ふだんは軽く反感を覚えるものの、今この瞬間だけは、その言葉を信じてもいい気がした。


大竹さんは容姿こそパッとしないけど、真面目で優しく誠実そうで、そんな人と友達づきあいをしているヨシキさんも、真面目で誠実な人に違いない。


いや。


もしかして、その逆もありえる。

実は大竹さんは、『草食系』の仮面を被った、ものすごい肉食なのかもしれない。

でないと、地味めの草食系の人が、中学生と路上で痴話げんかしたり、女の子っぽいカフェで巨乳の美人とお茶したりなんて、できるわけがない。


つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る