「女の子同士で秘密を持つのはワクワクします」

机に向かって作業をしている兄は、パソコンのモニターを注視したまま、わたしの方を振り返りもせずに言った。


「珍しいな、おまえがこの部屋に来るって」

「そ、そう?」

「で、お願いってなんだ?」

「実は… 優花さんに訊きたいことがあって」

「え? おれじゃなく優花に? なに訊きたいんだ?」

「ちょっとアドバイスしてほしいことがあって」

「アドバイス? 恋愛関係か?」


マウスを動かす手を止め、兄はこちらを振り向いた。

うっ… 返事ができない。

兄め。

こんなに勘がよかったっけ?


「ううん、そうじゃなくって… 服のこととか、メイクのこととか。わたしあまりわからないから」

「ああ、いいよ。今から話すか?」


そう言いながら兄は、iPhoneを手にとった。

だけど、隣で兄から聞き耳を立てられていて、話せるようなことじゃない。


「ううん。わたしから電話してみる。お兄さまは話だけ通してくれればいいから」

「ふうん…」

「ね。お願いします」

「わかったよ。あとで伝えといてやるよ。ほら、これが優花の携帯番号。都合訊いといてやるから、小一時間くらいしたらかけてみな」


それ以上はあえて突っ込まず、兄はiPhoneの画面をこちらに向け、優花さんの携帯番号を見せてくれた。

自分の携帯にその番号を打ち込む。兄は黙ってその様子を見ていたが、ひとこと訊いてきた。


「凛子… 好きなやつ、できたのか?」


危うく携帯を取り落としそうになったわたしは、必死になって取り繕う。


「そ、そんなことないけど…」

「そうか? 残念だな」

「残念?」

「最近の凛子、なんだか妙に色気出てきたし、しょっちゅう庭で素振りやってるし。

おまえ、昔っから悩みがあると、なぎなたの素振りしてたもんな」

「あ、あれは… 来週全国大会があるから、練習しとかなきゃと思って…」

「ふ~ん、まあいいや。おまえにひとつ忠告しとこう」

「え? なにを?」

「女はやっぱり『薩摩おごじょ』じゃなきゃな。慎み深くてしとやかで胃袋を満たしてくれて、いつでも男を立ててくれる女を、男は好きになるもんだよ」

「…」

「ま、頑張れや。おまえなら大丈夫だよ。相談があればいつでも乗るからな」


そう言って兄は、わたしの頭をくしゃくしゃと撫でた。

ん~…

なんだか複雑。


「ん… ありがと」


ひとことだけお礼を言って、わたしは兄の部屋をあとにした。


 その夜は優花さんと、しばらく携帯で話をした。

事情をかいつまんで話し、わたしは優花さんに、ファッションとメイクについての意見を求めた。

優花さんは思っていたよりも親切で、積極的にわたしにアドバイスをしてくれて、今度お互いの予定の合う日に、いっしょにショッピングに出かけることになった。




 全国なぎなた選手権大会が終わった週の水曜日。

わたしは大友優花さんと渋谷の街を歩いていた。


「でも嬉しかったわよ~。凛子ちゃんから電話もらったとき。

あたし『頼られてるんだ』って、なんか急にお姉さんになった気分で。

あたし、凛子ちゃんみたいな、可愛い妹がほしかったんだよね~!

もう、服やコスメのことは任せといてよ。このあたしがいっしょにバッチリ選んであげる!」


レースの飾りのついたミニ丈のキャミソ-ルワンピに、ふんわりとした目の粗いサマーセーターを羽織り、編み上げのサンダルを履いた大友優花さんは、わたしにニコニコと微笑みかけながら、陽気にしゃべる。


「ありがとうございます。よろしくお願いします」

「え~。やぁ~ね。なんか他人行儀~」

「あっ。すみません。わたしっていつも、こんなだから」

「でも、それを変えるために、頑張ってるんじゃないの?」

「そうですけど…」

「まあ、彼氏ができたら、一発で変わっちゃうだろうけどね」

「別に、ヨシキさんは彼氏というわけではないんですけど。でも…」


わたしはとりあえず、念を押しておく。


「お兄さまには黙ってて下さい。知られると、いろいろからかわれそうだし…」

「大丈夫よ☆」


そう言って、意味深な微笑みを浮かべた優花さんは、秘密を打ち明けるように、わたしの耳元に顔を寄せて、ささやいた。


「あたしもね。あとで聞いてほしいことがあるの。もちろん忠彰さんには言えないことよ」

「お兄さまにも?」

「女の子同士の秘密ってやつ? なんだかワクワクするね♪」


なんか… この人、楽しんでいるみたい。

ま、いいか。

どんな状況でも、それを楽しめるポジティブな性格は、羨ましいかもしれない。


つづく

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