Level 4

「お洒落スキルが低すぎるのでしょうか?」

     level 4


 『コミケ』というのは、『コミックマーケット』という、かれこれ40年以上も続いている、世界最大級の同人誌展示即売会の略称らしい。

お盆と年末の年2回開催され、全国から同人サークルが何万と集まってきて、お客の数も50万人を超えるという、数ある同人誌展示即売会のなかで最高峰なオタクのイベントだと、ヨシキさんが教えてくれた。


わたしのようなオタクじゃない人(『パンピー』というらしい)は、この前のような即売会も、『コミケ』と呼んでしまうが、ヨシキさんたちは、毎週のように開催される即売会は、『イベント』といって区別する。

イベントの種類も、オールジャンルなものの他に、特定の漫画やゲームなどをテーマとして扱う、『オンリーイベント』や、コスプレイヤーだけのイベント。雑貨やフィギュア、ドールなどをテーマにしたイベントなどもあり、いつもどこかで、なにかのオタクイベントが開催されているということだった。


オタクに対してあまり詳しくないわたしにとって、ドライブの帰りにヨシキさんが語ってくれた、オタクやイベントについての話は、新しい世界を覗くようで、新鮮だった。

もっとも、彼の語り口がわかりやすくておもしろかったということもあるけど、それまでどちらかというとネガティブだった『オタク』というイメージが、『クリエイティブ』なものに変わったかもしれない。


その巨大イベントの『コミケ』は再来週開催され、ヨシキさんも参加するので、それまでは準備で忙しいということだった。

わたしもお盆の頃はちょうど、全国なぎなた選手権大会に出場しないといけなかったので、メールで話し合い、撮影日はコミケの終わった週の土曜日に決めた。メールのやりとりをしながら、どういった撮影にするかを決めていく。

はじめての個撮なので、最初は特にテーマやコンセプトは決めず、私服で公園などで撮ろうということになった。

場所のセッティングはヨシキさんにお任せしたが、わたしは服装で悩む。


『高校生はお化粧などしなくていい』

という時代遅れな家訓を律儀に守ってきたせいで、わたしのお洒落スキルは最低だった。

化粧道具すらろくに持っていないし、比較的親しい友達にも、お洒落に詳しい女の子はいないこともあって、わたしはファッションやメイクに関する知識も経験も乏しかった。

デニムのパンツに、シンプルな無地のカットソー姿のわたしは、コスプレイベントのなかでも、いちばん野暮ったい女の子だったろう。

この前のアフターでは、ヨシキさんが撮っているレイヤーさんは、みんなそれぞれ個性的なファッションで、素敵な人たちばかりだった。


せっかく撮影してくれるのに、なにを着ればいいかわからない。

こんなことじゃ、ヨシキさんに落胆される。

少しでもわたしに対して、興味を持ってほしい。

なんとかしなければ!



「…うん。それしかない。それがいちばんかも…」


いろいろ思いを巡らせたわたしは、そうひとり言をつぶやきながら心を決めた。

自分の部屋を出て、廊下を突き当たった奥にある、兄の部屋の前に立つ。

実は、この場所に立つのはちょっとした『トラウマ』があるんだけど、思い切って鍵のついた木製のドアをノックしながら、わたしは外から兄を呼んだ。


「お兄さま。ちょっとお願いがあるんだけど…」

「おお? 開いてるぞ、入れよ」


返事を確かめ、ドアノブを回したわたしは、部屋に入り、後ろ手でドアを閉じる。

8帖程度の兄の個室には、正面の壁際に置かれた机にベッド。それを囲む様にぐるりと本棚が並んでいて、雑然としている。

この部屋に入るのは、3年振りくらい。

ツンと鼻につく、男性独特の体臭。

兄も『男』なんだと、実感してしまう瞬間だ。


妹のわたしが言うのもなんだけど、背が高くて顔もわりとイケている兄は、人付き合いがよくて性格も穏やか。女の人からの誘いもけっこう多いらしい。

さいわい、どこかのだれかさんと違って、兄はプレイボーイ気質ではなく、これまでつきあった女性も数人しかいないし、現在の彼女さんとも、つきあいはじめてもう4年になり、結婚の約束もしているという、女性に誠意を持って接するタイプだ。


今の彼女さん…

大友優花おおともゆうかさんとは、何度か会ったことがある。

兄と同じ大学の後輩で、天然っぽいほんわかした雰囲気だけど、芯は強くてしっかりした自己主張もあり、美人でお洒落で素敵な女の人だ。

兄と優花さんのことはお互いの両親も公認で、わが家にも時々遊びに来るし、来春の優花さんの大学卒業を待って、すぐにでも式を挙げるつもりだと聞いた。

義理の妹になる予定のわたしにも、彼女は親切に接してくれていて、ファッションや美容について、ときどきアドバイスをしてくれるし、わたしも彼女へは好意を持っている。

ただ…


優花さんはちょっとオタクっぽいところがあって、同性愛やボーイズラブとかいうジャンルが好きらしく、そういうたぐいの小説を、わたしも何冊か勧められた。

もちろん兄も、優花さんのオタク色に少し染められたみたいで、最近は本棚に漫画の数が増え、さすがにボーイズラブは読んでいないものの、美少女ゲームに熱中していることもある。『リア恋plus』をはじめたのも、元はといえば、優花さんが同じゲームをしていたからだそうだ。

そんな兄の彼女だからこそ、相談すればなにかいい意見をもらえるかもしれない。


つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る