「新しい世界の創造がわたしにできますか?」

「わかるよ、美月ちゃんの気持ち。本当の自分を見てもらえない辛さは」

「…」

「パッと見や雰囲気や、家柄だけで勝手に判断されるのって、イヤなもんだよな」

「…ヨシキさんにも、そういう経験があるのですか?」

「ああ。ほんとのオレなんて、だれも興味ないだろうし、オレ自身、よくわからないしな」

「そんなことないです。わたしは興味あります」

「はは。それは嬉しいな」

「…あ。あの。それは…」

「だったらお互い、もっと理解できるようにしようぜ。

美月ちゃんの、行き場がなくて自分のなかに抱え込んだ想い。オレにぶつけてくれよ」

「ヨシキさん…」

「オレには美月ちゃんの悩みや苦しみを、解決してやる力はないかもしれない。

けど、美月ちゃんが変わる手伝いを、ほんの少しでもしてあげたいし、オレにしかできないこともあると思ってるよ」

「…ありがとうございます。そんな風に、言って、もらえるなんて」


ちょっと、声が上擦ってしまった。

ヨシキさんにまで聞こえそうなくらい、心臓の音がドクンドクンと高鳴っていて、言葉がうまく出てこない。

『わたしは興味あります』なんて、会話の流れとはいえ、まるで、告白めいたことを言ってしまったからかな。

ヨシキさん、それを聞いて、どう思っただろう?

軽く受け流されたようにも見えるけど。



しばらくなにも言わないまま、わたしたちは夜の街を走っていた。

それにしてもヨシキさんって、なんだか余裕があるな。

思いがけない展開に、わたしは動揺してしまったというのに、ヨシキさんは平然とした顔でわたしの方も見ず、淡々とハンドルを握っている。

四つも年上だし、なにより女の子の扱いにも慣れているからかな?

そんな姿を見ていると、わたしが全力でぶつかっていっても、余裕で受け止めてもらえそうな安心感がある反面、ちょっと焼きもちも感じてしまう。

でも、ヨシキさんとは別に恋人同士でもないし、こんな自分勝手で我が儘な感情をぶつけられるのは、迷惑だろう。


そんなことをあれこれ思いはじめたとき、ヨシキさんは改めて訊いてきた。


「それで。コスプレして、楽しかった?」

「え? まあ、いろいろ新しい世界を見れたというか… けっこう面白いかなと」

「じゃあ、もっと違う世界を見てみたいと、思わない?」

「思いますけど」

「オレなら、もっとすごい美月ちゃんを、引き出してみせる」

「え?」


思わずヨシキさんを見る。

力強い表情。

この人のこの自信は、はったりや虚言ではなく、今までの実績からくるものなのだろう。

わたしの方にチラリと視線を向けると、ヨシキさんはニッコリ微笑みながら言う。


「美月ちゃん。レンズを向けられると、撮られるのを意識するだろ」

「え? ええ」

「写真って面白いもんだよな。ファインダーで覗いてみると、よくわかるんだよ。そういうモデルの自意識」

「自意識?」

「羞恥心とか虚栄心とか美意識とか。モデルがカメラマンのことをどう思ってるかや、自分のパーツのどこを気に入ってて、どこにコンプレックス持ってるかってことまで、わかるんだ」

「そうなんですか?」

「美月ちゃんもそうだったよ」

「え?」

「戸惑いながらも『変わりたい』って気持ちが、こっちにビンビン伝わってきた。この2週間、美月ちゃんもいろいろ研究したんじゃない? ポージングとかメイクとか」

「ええっ。どうしてわかるんですか?!」

「だから、本能的に感じるんだよ。ファインダー越しに見れば。それが写真の面白さで、怖さだよな」

「確かに… なんだか怖いです」

「撮る方も撮られる方も、自分自身が意識してなかった本能や欲望を、レンズは正直に映し出して、目の前にさらけ出す。それは怖いけど、快感でもあるな。美月ちゃんも、知らない自分を引き出されるような快感って、なかった?」

「あ。それは少し感じました」

「もっと感じてみたくない?」

「え?」

「美月ちゃんになら、できると思う」

「なにが…」

「新しい世界の創造」

「創造?」

「オレの世界を美月ちゃんにぶつけてみたい。美月ちゃんになら、それを受け止める力があると思うんだ。そして新しい作品を、美月ちゃんといっしょに創り出したい。そのためのモデルをやってほしい」

「…」

「…って、オレのワガママだけどな」

「え?」

「オレとしたことが、つい熱く語っちまったな。まあ、その気になったらよろしく頼むよ。オレはマジだから」


さっきまで真剣な目をしていたヨシキさんは、一瞬にして会話の流れを変え、軽い笑顔を作ると、またとりとめのない世間話に戻っていった。


だけど、わたしの心には、しっかり焼きついた。

一瞬垣間見れた、ヨシキさんの本気の顔が。

ふだんはニコニコしていて、ノリも軽くて、軽薄にも見えることがあるヨシキさんの内面には、こんなにも真面目で、真剣な思いが溢れていたのだということが。

少し意外だったけど、そういうところが逆に、ぐいぐいときつけられてしまう。

自分の内面を見せてしまったことに、ヨシキさんは照れながら話を逸らす。

そういうところも、なんだか可愛い。

わたし、この人から目が離せない。




“ピロピロピロ~♪”


メールの着信音で、わたしは我に返った。

ヨシキさんからだった。

わたしは急いでメールを開く。


『今日はお疲れさま&ありがとう。

ドライブ楽しかったよ。遅くまでつきあわせてゴメンな。おやすみ』



机に伏せて、携帯を目の前にかざしながら、何回も何回も、わたしはそのメールを読み返した。

さりげない文章のなかに、わたしへの気遣いが込められているのが嬉しい。


この人は心から、わたしのことを望んでくれている。

わたしを求めてくれている。

こんなに力強く、自信に溢れた言葉で、男の人から求められたのは、はじめてだった。

胸が高鳴り、気持ちも高揚してくる。


その夜、わたしはヨシキさんとの個撮を決心した。


つづく

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