Rain free

せの

Rain free

川沿いの一本道。

ここらで一番大きなこの川は、見かけによらずおとなしいようで、ゆっくりと小さな魚を抱え込んで流れる。

空は少し雲がかかった青色、夏の頃よりも高くなったからか、澄んだ空気が冷たくて心地いい。

口元まで覆ったマフラーを少しずらして空を見上げたまんま息を吐き出す。

一瞬にして周りに混ざりこんだ息は、白くなって薄い雲みたいに青い空に溶ける。


「雨。」


暫くの間、空に向かって息を吐いていた私に、聞こえるか聞こえないかの声で隣を歩く彼がぽつりとつぶやいた。

少し驚いて彼の方へ目線を向ける。

彼はさっきまでの私のように空を見上げていた。

もう一度上へと目線を移すと、11月下旬のいじめるような風が高い空を吹き抜けた。


「降ってへんで、雨。」


そういってもう一度彼をみると、彼も空から私へと目線を移して、おかしそうに目を細めゆるく微笑んだ。


またか、といつもの彼の笑った顔を見て少し落ち込む。

彼には私の見えないものが見える。

私には降っていない雨が、彼には見える。

それはいつも決まっていなくて、時折こうして、彼と私の間にずれが出来て気づく。

そのたびに彼は可笑しそうに目を細めて、緩く微笑んだ。


また、私には彼の見ているものが見えなかった。


私はもう一度空を見上げて、そうして少し背伸びした気持ちで右手を伸ばした。

見えないけれど、もしかすると降っている雨に触れられるかもしれない。

そうして、やはり、そこには青い青い空があるだけだと気づく。


見えないものには触れられない。


伸ばした手を引っ込めると視界に彼の手が移り込んで、入れ違いに空へと伸びていった。

彼の白いシャツの袖が、風に吹かれてめくれる。

ちらりと視界にシャツのそれとは違う白い布が目に入った。


ああ。どうやら彼も、私と同じように雨に触りたいらしい。


「どう」


雨は触れそう?と彼の細い腕を眺めながら問いかけると、冬の風がもう一度私と彼の間を吹き抜けた。


はらり、と伸ばした彼の手から風に靡くように白い布がめくれた。

先ほどちらりと見えた白い布の正体は、包帯だった。


細い手首にまかれていた包帯は半分ほど、風にさらわれて彼から離れようとする。

けがを、しているわけではなかった。

普段から彼の手首には包帯がまかれているけれど、その下には細くて白くて、傷一つない肌があるのを知っている。


けれどそれも私には見えないだけで、彼にはきっと何か他のものが見えているんだろ。


「僕を、あばこうとしとる。」


包帯に目をやっていた私の横から、ふいに彼の声が聞こえる。

彼を見ると、彼も自分自身の細い腕から出る包帯をじっと眺めていた。


「風が、僕をあばこうと吹いてるで。」


彼はそういって半分ほどめくれた包帯の先を掴んで、しゅるっと引っ張って手を放した。

真っ白なその布は勢いよく彼から離れると、風に乗って青い空へ飛んで行った。


包帯の下の、彼の細い腕と、飛んで行った白い布をぼうっと見ていた私の耳に、彼お声が聞こえる。


「降るで。雨。」


その声は少し寂しそうで、ただ、弾むようにも聞こえた。


ふっと隣の彼を見る。



ああ、彼が見ているものを、私は見れない。






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Rain free せの @seno_

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