第19話 北海道からの賓客

「嘉穂ちゃん、これ」


 北海道からの刺客が訪れた数日後のことだ。実家の近所に住んでいる叔父さんが嘉穂の家を訪れた。寡黙な叔父さんは玄関先で紙袋から保冷バックを取り出し、嘉穂に手渡す。

「北海道の叔父さんが、うちにまとめて送ってくれた。小分けにしておいたから」

 それじゃ、と短く述べると、叔父さんはすぐにバイクを走らせて去ってしまった。言葉少ないのだ。その背に向かって嘉穂は保冷バックを頂き、頭を下げる。


「あ、あ、ありがとうございます〜!!」


 姿勢を直すと、くるりと向き直って家の中へ走る。期待に胸が膨らむ。

 台所のステンレスの上に保冷バックを置くや、封を開ける。中から見えたのは、予想通り。美しく艶かしく光る北の海の朱の宝玉。時刻は十二時。なんと絶好のタイミング!


 ——豪華海鮮丼、決定!!


 嘉穂の気分もすでに絶頂。北前船の来航を迎えた気分である。とその時、御釜が元気よく合いの手を入れた。炊きたてご飯準備おっけい。


 早速冷蔵庫の中から漬けにしておいたお魚屋さんの刺身切れ端セール品、オクラに大葉を取り出す。オクラを固めに湯がいて氷水で締める。その間大葉を微塵切り。木っ端微塵。


 つやっつやの炊き立てのお米は蛍光灯の光を反射して目に眩しい。それを大きめのお椀に一膳分。お米が多すぎるとお魚が食べきれない。その上に細切れ漬魚たち。漬だれのお醤油の香りが立ち上る。


 そして主役の海の宝玉! 大きく粒々の朱の真珠(とでもいいたい)いくらの醤油漬けを大さじで一つ、二つ!


 紅白のおめで鯛(お刺身に鯛が入っていた)色合いにさらに彩りを加えるのが大葉とオクラなのだ。パラパラと散らして、目にも幸せが飛び込む。


 ——これで完成させはしませんよ……。


 これではまだまだ芸がない。嘉穂は白ごまを取り出した。フライパンをコンロにセットし、胡麻をひとつまみ、軽く炒ってお椀の上から散らすと、じゅっと小気味いい音がする。


 おっとまだ終わりは致しません。

 やはり祖母の家からきたもみ海苔をひとつまみ。多すぎてもうるさく味を邪魔するのだ。何事も、少し控えめに。



 海の恵みを贅沢にのせた碗が、嘉穂の両手に包まれている。


 真白なご飯にしろ、赤、ピンクの魚たち、食感を支えるオクラ、その上に山を作る粒々光るいくら達(ごめん、こんなにたくさんの命を!)、そして周りに遊び散る大葉と白胡麻。


 冬はやっぱりこれでなくちゃ。いただきます、とたっぷりの一口。


「う?」


 美味しいのだけれど、ちょっと味がいつもと違う?


 そう言えば歳をとった祖母が、醤油漬けを作るのも大変になったと言っていた。お店で漬けたのを買って来たのだろうか。


 ——これは近いうちに、作り方聞いておかないと。


 そう心に決めながら、嘉穂は二口目を頬張る。


 ***


 おばあちゃん、いつも美味しい醤油漬け、ありがとうございました。




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