第17話 既製品になど頼ってたまる…… 南瓜モンブラン
手作りレシピ、なるものを読んでいると、結構、手作りではなかったりする。
もちろん人間の、いや一般人の日常の手作りレベルには限界がある。乾燥昆布作れとか豆腐ではなく豆乳から作れとか、はんぺん作れとか言われると無茶言わないで、と思う。
そうではなく。
時短レシピとかお手頃レシピの類の話である。
『簡単、アップルパイ』、材料 冷凍パイシート、とか、『おうちでで手作りラザニア』、材料 ミートソース缶、とかである。いやいやいや、パイはパイ生地から作るのが楽しいのであり、ラザニア作りの要はソースだろう、と首を振ってしまうのだ。
何しろ、昔から友人などのお弁当などと比べても、ご飯の話をしていると、どうやら嘉穂の家は他と比べて既製品を利用する頻度が少ないらしい。お弁当に冷凍食品が入っていたことは無いし、お味噌汁のお出汁は、いつも煮干しから取る(しっかり出汁が出るように、頭を取って身を縦に割る)。普段はさすがにお出汁の顆粒を使っても、お正月のお雑煮は鰹節から取るし。
ドレッシングなんて買わない。せいぜい胡麻だれだ。麺つゆもポン酢も食糧棚に居場所はない。いや、だから楽ちん料理レシピに材料に麺つゆとか出汁入り味噌とか書かないで。うちは酒と出汁と醤油煮立たせるから待って。
料理好きの矜持として、そこは作らなければ、と商品を前にしても手が止まるのだ。
さて、嘉穂の生命力(勉強のお供)が切れた。プリンもバナナケーキもない。カステラが二切れあるが、昨日食べたのでちょっと気分じゃない。
一大事である。
残っているものといえば、蒸しかぼちゃのペーストと生クリームである。でもプリンはお呼びでない。この間作ったばかりだ。南瓜パウンドケーキは大量に出来てしまう。ていうかこのペースト、生ケーキかどら焼き用だし。
……正直に言おう。
求めているのは南瓜モンブランなのだ。そのための南瓜ペーストなのだ。生クリームなのだ。時間がある時に作れるよう、用意しておいたのだ。
……時間がないけど食べたい。
彼らが冷蔵庫にいて、しかれども時間がないとできない理由があるのだ。アレがないとモンブランにならないものが、嘉穂の行く手を阻むのだ。
足りないものは分かっている。
土台である。家にせよ勉強にせよ演奏にせよ、基礎がなくては何もできぬ。モンブランしかり。裾野が無くて山が聳えるであろうはずがない。空飛ぶ山じゃないか。あ、山が飛んでるのはそれはそれで素敵かもだけど。
だが、嘉穂の頭の中はすでに南瓜モンブランになってしまった。もう工程が頭に浮かぶ。
ふと、冷蔵庫の隅に座る卵色の四角が目に入る。
勉強のためだ。仕方ない。
嘉穂はカステラを掴み出した。
既製品を使うとは料理人として断腸の思いだが背に腹は変えられぬ。今必要なのは一人分。スポンジだのタルト生地を焼いている時間も量的必要性も皆無なのだ。
小さなボールに生クリームを少し入れ、ミニ泡立て器で八分立てにする。
カステラを半分にスライス。円形に型取り、残った半分は包み直して保存。丸い土台に南瓜ペーストをぽてぽて盛ると、切り抜いたカステラの切れ端を乗せた。その上に白い雪、もとい生クリームを重ねた。橙色の紅葉の山から雪山へ早変わりだ。
ボールに残った生クリームに南瓜ペーストを投入。砂糖適当、ラム酒切れのためコアントロー適当。混ぜる。投入。混ぜる。適当なゆるさまで繰り返すと、橙の色が柔らかに、そして泡立て器を回す速度は速くなっていく。
——こんなもんかな。
絞り出し器を使って絞り……出なかった。南瓜の繊維が詰まったのだ。すみません、裏漉し省略の罰ですね……フォルム諦めの刑ですね。じゃあナイフで形整えます。山っぽく。大体、モンブラン、山にあるまじき渦巻き描いてるし。元祖は違うのに。
少しばかりは時間が掛かったが、オーブンをオンにするよりはるかに早く、一人分の南瓜モンブランが聳え立った。この時間短縮。土台カステラが神々しく見える。実際、明るい黄色だし。
悔しいかな既製品、侮るなかれ既製品、美味しいし……カステラ《既製品》。
——次は絶対、土台から作ってやる。
さて、その日はいつやら。いずれにせよ、カステラ職人と嘉穂の協演が成功した秋の日なのであった。
***レシピはまたいずれ。
残ったクリームはそのままでも美味しいです。
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