第16話 コーヒー淹れすぎた

 嘉穂の朝ご飯はパン食である。日本人だがパン食である。すみません。朝はパンが食べたいのです。朝だけ日本人色を減らさせてください。日本発祥のあんぱんもたまに食べるので許してください。

 朝のパンのお供は果物、ヨーグルトに蜂蜜。余裕があれば、ハムかツナなどプロテイン。


 飲み物は珈琲。他は認めない。


 嘉穂は、重度、と言ってもいいほど珈琲中毒である。朝の珈琲はサーバーに三杯分くらいをハンド・ドリップで淹れる。一杯目はほぼ一気飲み。二杯目はパンと一緒にゆっくり。三杯目は食後。

 夕方なら、キリッと酸味の効いたタイプか、少し苦目の深煎りが飲みたいけれど、朝はもう少し飲みやすく。そこまで濃く抽出せず、アメリカンほどまで薄くもせず。これが朝ご飯と一緒に食べるいいバランス。


 今日も朝は珈琲。コーヒーマシーンなど手に入れてしまったら危険だろう。手軽に入るので飲みすぎてしまう。狭いワンルームに置く場所もないし。

 というわけで、ハンド・ドリップ。お気に入りのかぼちゃ食パンと一緒にもぐもぐ。


 ところが今日は、粉の量とお湯の量の加減に失敗した。三杯目が無い。


 講義に出かけるまでには時間があるし、家で少し調べ物もしたい。


 ——もう一杯、淹れますか。


 コポコポ静かに落ちる珈琲の雫の音。部屋に満ちる香り。それだけで幸せになるから不思議だ。朝日も気持ちがいいし。秋の空気が漂っているし。


 ——そんな、いい気分だったのだが。



「うーん、淹れすぎました」

 たまにやってしまうのだ。どうも一人で飲みきるには淹れすぎて、出掛ける時間がきてしまって蓋をして冷蔵庫へ放置! という失態を。

 出掛けるときに水筒に、という手も考えられるが、やはり珈琲は淹れ立てを飲みたい。というわけで持参はパス。家でお留守番を乞う。


 こうなるとそのままは勿論、再加熱してもあまり美味しくない。


 かと言って捨てるのは勿体無い。節約生活の中の潤いである珈琲は、ディスカウント店で買うとはいっても、やはり「嗜好品」分類なのだ。そこまで家計に打撃しなくとも、流しに流すと考えれば罪悪感が胸を掠める。たまに、ちょっとリッチな珍しい珈琲豆に心奪われて、お財布の中身も奪われちゃうし。


 しかし、ここで諦める嘉穂では無い。


 珈琲をやすやす余り物にしてなるものか。


 残った珈琲はちょうどマグカップ一杯分。およそ200cc強。よくぞこの量を残した、自分偉い。

 蓋をして冷蔵庫に放置したデキャンタを取り出し、レンジの「温め」モードで再加熱。

 そのままボールに入れて、砂糖大さじ1を投入。


 砂糖粒がしっかり溶け消えたのを確認すると、流し台からくるりと食器棚へ向きを変え、小さなココット皿を取り出す。ココット皿には大さじ2=30ccの水を張る。


 そこへゼラチン、一包。


 ゼラチン一包で固まる適切な水分量は、ゼラチンを溶かす水の量と合わせて250ccから300cc。つまり、珈琲一杯分強+ゼラチンをふやかす水の量。ちょうど小さめなコーヒーゼリーが二つ出来る。温めた珈琲の中へ、ふやかしたゼラチンを一気に加え、ヘラでゼラチンの粒が溶けるまで。さぁ、今宵も私の心を溶かしてください、デザートで。


 いやダメだ、デザートになるにはもう一度、固まってもらわないと。


 でも、食後のコーヒーゼリーにクリームがない。生クリームのストックはないし、嘉穂は珈琲にポーション・クリームも使わない派である。バイト先ではお目にかかるが、家でお目にかかったことがない。

 ご飯の後に食べるなら、キリッと目醒ます酸味より、まったりほっとしたい。ほっとしたい。ほっと、ホットミルク……。


「みるく」です!!


 なんだ、必要なのは牛乳だった。早速、冷蔵庫からお出ましいただく。全体で300ccを超えないように、ボールへそろそろ入れるだけ。ダンディーなブラック・コーヒーが見る間に乙女のラテへ変身(あくまでイメージです。男女差別ではございません、悪しからず)。


 ものの5分、カフェ・ラテ ゼリーの準備万端。あとは冷蔵庫で冷やすだけ。


 珈琲、その辞書に淹れすぎという言葉なし。変わり身はオーストリアのカフェ・メニューの如し。お酒を入れればリキュールに。ミルクの姿次第でラテにもカプチーノにも。そしてトッピングを加えれば……


 あっ。


 二つのコーヒーゼリー。一つにはキャラメル・ソースをかけて、キャラメル・ラテ ゼリーにしよう♪


 秋の夜長は、手軽にほっこりまったりなお供と一緒に過ごすのです♡






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