第14話 バナナ君主
嘉穂は果物が大好きである。
朝食に果物を欠かすことは出来ない。毎日、林檎半分またはキウイ一つくらいは必ず食べたいし食べる。旅行で泊まるホテルが朝食バイキングだったら必ず三回は果物を取りに行く。始めに一回、追加のパンを取りに行くついでに一回、食後のコーヒーとともに一回。
果物といえば季節で随分と値段が変わるものだ。
冬から初夏にかけては、それ以外の季節で値段の跳ね上がる苺が狙い目になる。旬を逃さぬうちは毎日と言っていいほど苺を食べる。夏には西瓜。これも九月を過ぎたら食べられない。秋の林檎は一年通してお財布に良心的だが梨に手が伸びる。冬は何と言っても蜜柑である。
基本的に、嘉穂はみずみずしい食感の果物が好きだ。シャリっとフォークが突き刺さるもの。それから柑橘系。果肉がぷるぷるでジューシーな。
従いまして、ぬるりぐちゃりとしたものはあまり好きではない。
どうかマンゴー、メロン、パパイヤなぞはご遠慮いただきた…いとか言う前に基本的に高級フルーツで化粧箱入りしているため嘉穂のテリトリー外なので問題ないのだが。違う国の住人である。
しかし、違う国の住人のくせに(あくまで嘉穂の視点です)簡単に国境を越えられる輩がいる。
バナナである。
バナナは嫌いではない。嫌いではないが、嘉穂のうちの朝食のお供にはそこまで歓迎されない。
ただしバナナという外交使節はこれまたやり手で、たまに無性に食べたくなるという魔力を持っていた。
先日も、「たまに無性に食べたくなる日」がやってきてしまった。スーパーに陳列した果物の中で「止まれ」と黄色に光るバナナが嘉穂の足を止めた。
——久しぶりにバナナ食べたいかも。
お腹にも溜まる生バナナ、おやつには最適である。
しかしバナナというものは、林檎や蜜柑とは一線を画していた。売られ方に。値札が如実にそれを物語る。
「バナナ一つ98円」
「バナナ一房118円」
なぜ一つ98円のバナナが一房5つで20円しか違わないのかわけが分からない。袋代か。ビニールとそれを閉じる機械工程がものを言うのか。
一人でバナナ5つを毎日食べる気にはなれない。とはいえ一本×五つの490円あったらバナナ四房二十版買える。ちょっと待て何かがおかしい。
——でもバナナなら…。
嘉穂の手はバナナ一房に伸びる。その日のおやつは一本、次の日も一本で済み、バナナ欠乏症は完治した。
数日後に冷蔵庫を開けた時のこと。黒い物体が嘉穂の目に飛び込んできた。
黒の斑点が全身に及んだバナナである。完熟が末期まで来ている。
これがバナナの罠だ。常にこうなのだ。何故か放ってしまって数日後にこうなるのがこのバナナたる外交使節の末路なのだ。
他の果物ならば、ああやってしまった、と膝が折れるところだ。
しかしバナナはタフだった。
途端、嘉穂の頭が「新鮮フルーツ・デザート」モードから「保存用焼き菓子工房」へとスイッチを切り替える。大きめのボールを棚から取り出し、黒死病のごとく真っ黒になったバナナの皮を剥いてもはやその身の形が崩れんばかりの熟し過ぎた果肉をボールへ落とす。
フォークを握りしめ、軽く力を入れるだけで崩れるバナナ。卵を割り入れ、泡立て器で軽く一混ぜ。バナナ三本もあれば砂糖などいらない。冷蔵庫を開ければ残念ながらバターはなし。すまぬバナナ、アーモンド・プードルで油脂を代用。シナモンをこれでもかと振り入れ、小麦粉とベーキングパウダーを加えてあっという間に生地の出来上がり。
ところでバナナといえばさすが南国、カカオと相性が良い。バナナといえばチョコ、チョコといえばバナナ。チョコ・バナナ。
嘉穂は迷わず冷凍庫から製菓用のチョコチップを取り出し、さっくりと生地に混ぜ入れた。これで完了。宙の高いところからパウンド型へ。水分量の多い生地がもったりと入っていく。ここまで五分。
予熱したオーブンに入れて三十分。甘い甘い香りが狭い部屋にたちこめる。
「ピーッ」
焼きあがったバナナ・ケーキは正に黄金色。うっすら焦げ目がまた美味しそう。溶け出したチョコチップが熱でふつふつしていた。
一口、食べてみれば完熟バナナの強い甘みが広がる。今の状態では生地はふわふわ。これで冷やしたら、しっとり美味しい、お腹にたまるバナナケーキだ。冷凍しておけばいつでも素敵なおやつが食べられる。
昔、何かのセリフにもあったけれど、果物の王様と聞かれたら、間違いなくバナナである。
万能選手であり、値段も国民思いで、生でも加熱調理でも受け入れる寛容さ。
さらに傷んでしまっていてもその負傷に屈しない。
君主たるにたるやバナナ。ごちそうさまでした。
***適当レシピ補足***
材料:パウンド型1台分
バナナ2〜3本
全卵1つ
小麦粉40g(出来上がりのボリュームを増したい場合には少し増やしてください)
アーモンド・プードル20g
ベーキングパウダー小さじ1
チョコチップ お好みで
シナモン お好みで
*作り方*
嘉穂の作り方参照です。
<注意>生地に混ぜ込むバナナは3本全てでもいいですし、2本を生地に入れて1本は生地を型に入れてから輪切りにして上から埋め込んでも、後で食感が残って美味しいです。
少し甘めが好みの場合は、粉類を入れる前に砂糖を20gほど加えてください(ここで蜂蜜にしてしまうと膨らみが悪くなると思います)。
粉類を入れたら混ぜ過ぎないで、ヘラでさっくりと切るように混ぜます。型に入れたら2、3回落として中の空気を抜き、表面を平らに均します。
生地の焼き加減はオーブンの性格によって異なります。竹串を刺して何も残らなければOKです。表面が焦げそうだったらアルミホイルをかぶせてください。
Bon Appetite!
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