第12話 チーズケーキ
曇りなく磨かれたショーウィンドウ。その中に宝石のように並べられた美しいアントルメとプティ・ガトー。ショコラのグラサージュやゼラチンのナパージュがライトを反射してきらめき、飾り切りされた水々しい果物が生クリームの白無垢をまとったスポンジにちょこんと乗っている。
パティスリーのガラスケース。見ているだけで嘉穂のテンションはうなぎ登りである。長いこと凝視しているので店員さんが何かと思っているかもしれないけれどそんなことは気がつかない。美しい。お腹が減っていなくても、足が止まる。
記念日、頑張ったご褒美、クリスマスかお正月…特別な日に食べる特別な至宝たち。だからこそケーキは見るだけで心踊る。幸せな瞬間と結びつくからか、嘉穂を魅了してやまない。
食べられる回数が限られるからこそ、どれを選ぶか悩みすぎて両親その他から呆れられるのは、小さい頃からのことだった。それは友達とカフェでケーキを食べる時も同じ。
「嘉穂、どれにする?ショートケーキとモンブランがあるけど」
しかし。
「ねぇ早く決めなよ。あとチーズケーキだって。嘉穂、好きだよね」
「いや、別のにする」
即答である。
店頭でもカフェでも、家の外では嘉穂の食指を動かさないドルチェがある。
チーズケーキ、パウンドケーキ、なめらかプリン。
材料は卵、乳製品、砂糖。ないしは小麦粉かコーンスターチをプラス。
家で作ればいいじゃないか!
ショーウィンドウの中ですらりと端正なスティック状に切られていようが、カフェのメニューでラズベリーソースに飾られていようが関係ない。
彼らは嘉穂の選択から即座に除外、ラウンドアウトである。
外で買うケーキは家で作れないものだからこそ、そのためにお財布を開けることが出来るのだ。
プロが極上の材料を集め、鋭い味覚と技で仕上げたそれらが美味であることは疑いなかろう。それは認める。しかしモンブランのマロンクリームや、オペラのショコラとスポンジのレイヤーや、ミルフィーユの何層ものパイ生地に比べたら…。
チーズケーキ、パウンドケーキ、なめらかプリン。
混ぜて焼けばできる!
そのようなわけだからして、手の届く範囲にあるこのメンツは嘉穂に500円玉を握らせることはないのである。
––今夜のデザートはチーズケーキにしよう。
カフェの帰りにスーパーへ立ち寄った嘉穂の足は、乳製品コーナーへ向かっていた。一日にケーキ二個なのかという問いは受け付けぬ。甘い物は脳の栄養なのだ。
チーズケーキはダイエットの敵と思われがちかもしれないが、手作りならば自由自在。カッテージチーズという定番選手や最近手に入りやすくなった新参者ギリシャヨーグルトを使えば、大幅にカロリーカット、クッキーとバターの脂質爆弾ボトムを無くしてさらにヘルシーになる。細身の嘉穂には不要だが、お腹まわりを気にする両親やお年頃な女友達のウケが良い。ヨーグルトならコスパも良い。御財布ダイエットせずして身体ダイエットである。
今日はカフェでご遠慮申し上げたクリームチーズを使うが、昨今値上がり気味の生クリームは丁重にお断りし、ヨーグルトを使う。家に帰るや、嘉穂は小春日和の気持ちの良い帰り道で柔らかくなったチーズをそのままボールの中へご招待した。
甘味は独特の風味を出す蜂蜜。パウンドケーキのように膨らませるものなら蜂蜜を使うのは控えたいが(膨らみが悪くなる)、チーズケーキなら問題ない。
溶き卵を加え、ヨーグルトで柔らかさを調整し、コーンスターチを振り入れさっくり混ぜてパウンド型へ。
作業時間、十五分。一台のケーキがワンコイン以下。お店のケーキは六百円。素晴らしいチーズケーキ。讃えてしんぜよう。
––折角だからもう一味、凝りたいな。
戸棚を開けてみたら胡桃のローストが目に入った。この間、友人と御飯を食べた時に差し入れに持ってきてくれたおつまみだ。胡桃とチーズと蜂蜜は相性抜群。迷わず生地の上に豪快に散らす。
オーブンの扉を開けると、予熱で温められた空気がむわっと嘉穂の顔を包む。ミトンをした手でそっと型をターンテーブルに乗せたら、あとはスイッチを押すだけだ。
さて、焼きあがるまでに二十五分。今日の夕飯は何にしようかな。
甘い匂いが漂う中、包丁のリズムに合わせて歌う嘉穂の声がワンルームの部屋に満ちていく。
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