第10話 クリスマスにローストチキンなんて誰が決めた

 街中がイルミネーションで飾られ、どのカフェに入ろうがレストランに座ろうがデパートを歩こうが、クリスマス・ソングが流れている。


 雑貨屋やジュエリーショップにはラッピング無料の看板とプレゼントボックスのディスプレイ。キラキラ輝くスパンコールが雪の降らない東京をもスノー・パウダーで化粧し、サンタクロースや天使が駅の構内やコンビニにまで飛翔する。



 ここ仏教徒の多い日本なのに。



 食品売り場はパーティ用の材料が八割方を占拠し、普段よりも豪華なお刺身のパックやら和牛霜降り(赤身の方が美味しいのに)ステーキやら値段を跳ね上げた食材が棚の前面にせり出し、普段なら主役をはっている切り落とし肉や鶏ひき肉が…ない。

 代わりに、十二月以外は料亭・レストランの厨房くらいしかお呼びがかからないだろう七面鳥ないしは丸鷄が冷蔵ケースを陣取っているのだ。



 誰だクリスマスにローストチキンなんて決めた輩は。



 さて、嘉穂は困っていた。クリスマス?一人?いやいや、友達たちとホーム・パーティである。それぞれ持ち寄り、サラダやお菓子、おつまみ、ワイン。キリスト教徒ではないが、とりあえず楽しみは良い。


 それはいいのだが。


 会場のホストである嘉穂が、当然ながらホット・ミール担当になってしまったのだ。


 クリスマスにローストチキン、定番中の定番。「買って」とばかりに主張する。しかし、誰がこんなものの入るオーブンなんて持っているだろう(欲しいけど)。ていうか高いし。女子四人じゃ食べきれないし。


 でもローストビーフは更に難所である。とはいえお刺身はどちらかといえば正月である。かといってアクア・パッツァとかはクリスマスっぽくない。「クリスマスといえばチキン」、このテンプレートが幼い頃からメディアに刷り込まれ、食べた回数も多くないのに何故かクリスマス=チキン、の方程式が公式となってしまっているのだ。


 …チキンめ…


 丸鷄と対峙し、睨みつける。


 …誰がクリスマスにはチキンなんて……………………………食べたい。


 正直に言おう。クリスマスとか冬至の南瓜とかお正月のおせちとか雛祭りのちらし寿司とか子供の日の柏餅とか…人間心理で惹かれるのである。

 行事食は行事の時にしか「作っていいよ」布令が公式発行されない。


 要するに、何に臆することもなく、華やかに作っていい日なのだ。


 しかし、丸鷄100g87円に騙されてはいけない。1つ2キロはする。食べないのに1740円を材料一つに使えない。他にも付け合わせが必要なのだ。


「お決まりですか…」

 あぁぁついに声をかけられてしまった…タイム・イズ・オーバー…!

「すみません…鶏の…」

 意を決して口を開く。


「胸肉2枚ください!!」


 *******


 丸鷄ローストチキンは予算的に却下、ロースト・レッグは便乗値上げな上に食べにくい。しかしチキンは外せない。


 それならば鶏胸肉に変身してもらうしかない。


 嘉穂は台所にほのかなピンク色の肉を2枚並べると、一番切れる包丁を取り出し切開した。聖夜に殺生をお許しください。観音開きを二枚、平面積二倍になった肉を横一列に並列させ、塩コショウを刷り込む。ああ傷口に塩。


 続いて洗ったインゲンを上に乗せ、あらかじめレンジでグラッセにしておいた人参。加えて細切りにした黄色のパプリカ。全て観音開きの上に乗せ、3色の線を作った。


 オーブンの余熱、スタート。


 虹には程遠いものの、いい塩梅に彩りを得た肉を端から巻いていく。もう野菜たちは見えない。巻き終わりを下にし、たこ糸でぎゅうぎゅうに縛っていく。結構力がいる。なんだか聖夜に拷問している気分なのだが、致し方ない。すみません、無宗教なので。


 オーブン・パッドに巻き布団のようになったチキンを置き、周りに玉ねぎ、セロリの香味野菜。チキンの表面にはクローブを埋め込み、醤油と白ワイン、砂糖を合わせたソースを刷毛で塗っていく。


 友人たちが来るまであと10分。良い頃合いだ。目算成功、丸鷄から切り離された可哀想なチキンは、嘉穂に供養されて今からこの小さいオーブンに入るようになりました。


 ピーンポーン。


「嘉穂お邪魔ー」

「いらっさい、上がって上がって」

「ワイン持ってきた。つまみのナッツと」

「ありがとー!あっすごいカヴァだ」

「サラダ作ったー!」

 がやがやと友人たちが部屋に上がり、もはや常連なので好き勝手に荷物を置いて皿を出し始める。


「あっオーブンいい香りだねぇ」

 友人の一人がそう言ったのが聞こえたか、「ピー」とオーブンが答える。


 テーブルの上に並んだグラスとワイン、色とりどりのニース・サラダとフルーツ・ナッツミックス。嘉穂の作ったディップソースとスティック野菜。それから、名前に違うことなき「ロースト」チキン。


「切りまーす!」

 ナイフを入れて、ご開帳である。

「わっ綺麗!」

 出てきた切り口は、赤、緑、黄色の鮮やかな断面。ほんのり茶色のついた表面のソースは香ばしい香りを部屋中に漂わせている。


「じゃあ乾杯、グラス渡ってる?」

「あ、クリームチーズなかった?ハーブ味とフルーツ味の」

「そうだ…ってクラッカー忘れちゃった…どうしよ」

 ふふふ〜と言いつつ嘉穂は再びオーブンへ向かった。「こんなこともあろうかと」そんなところも抜かりない。


「チキンと一緒に焼いといたー!あまりパイ生地でバジルスティック!」

「さすが嘉穂だー!」

「乾杯だー!」


 全員でグラスをあげると、ワインがキラキラ光って綺麗。いつもの通り、一人が乾杯の音頭をとる。

「それではみなさん、今年も」


「お疲れ様でした!」


 もう少しで嘉穂を含めて三人は帰省。年明けには課題にテスト。束の間休息は悪くない。


 これから年末、今度はおせち用に、何を作ろうかな。




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