第9話 パンがなければマフィンを焼けばいいじゃない
嘉穂の朝ご飯はパンである。手軽だからだ。ご飯だと目玉焼きとか卵焼きとか焼き鮭とか納豆とか欲しくなるし、たまにはお粥にしようとか雑穀ご飯とか食べたくなるし、御味噌汁が不可欠になるが。
パンならハムとコーヒーと果物とヨーグルトがあれば良い。蜂蜜とバターを添えて。
ところが。
ある夜、ヘトヘトで帰って気がついた。
明日のパンがない。
しかも事もあろうに明日は日曜。いつもは7時半からやっている駅のパン屋さんも八時開店ときた。しかし明日、嘉穂はゼミで遠方の展示会見学に行くからして七時半には家を出なければならない。
駅で買って途中で食べれば?
まさかそんな。立食いなど行儀が悪い上に公衆の迷惑なことこの上ない。しかも珈琲と果物が無いですって。
コンビニで買えばいいじゃない?
トランス脂肪酸と保存料の入ったパンには用がない。最近、無添加もあるかもしれないけどさ。
冷蔵庫を開けてみる。卵はある。バターは少し。小麦粉とベーキングパウダーは常備してある。
パンがなければマフィンを作ればいいじゃない。おやつも切れてたし。
夜10時。南瓜の馬車を用意するにもちょうど良い時間だ。ビビデバビデブー!
そのようなわけで、キッチンに魔法が舞い込んだ。
大きめボールに卵をぽん。卵と同じ重さで砂糖投入。混ぜてー混ぜてー泡立てたー。
本当ならバターなのだろうが残念足りない、しかも最近バター高騰。バターカット決定。砂糖と同量の小麦粉とベーキングパウダーにお先に入っていただきます。いえいえ、一度にはやめてください、混ぜながらです。
バターが無くともご心配なく。アーモンドプードルがありますので。小麦粉の半量、これでしっとりいかせていきますので。どうぞバターさま、次のパンの時までお気遣いなくお休みください。
ちょっと粉っぽいので賞味期限間近の牛乳も救済。入れすぎは小麦粉で調整、調整。いい感じの緩やかさに生地が線を描く。
しかし、プレーンというのも味気ない。何か入れたい。
再び冷蔵庫に相談すれば、使いかけのクリームチーズ。それから切っておいた南瓜。数日前にあまりのワインでつけておいたレーズン。
いい陣営があるではありませんか。
オーブンを百八十度に設定、余熱ボタンをピッと鳴らして良い感じに揃っていた面々を、シリコンのマフィン型に入れていく。上からクリーム色の生地がとろり。待って八分目で止まってくださいね。
オーブンがピッピッピと余熱完了を知らせる。さあ、もう後は待つだけ二十五分。
洗い物をしながらオーブンからの香ばしい匂いに笑みが溢れる。なんて楽なんだろうマフィン。明日の朝食が楽しみだ。
そうだ、ゼミ友にも持って行こう。
マリー・アントワネットは述べたという。パンがなければブリオッシュを食べればいいじゃないと。自分で作らず飢えを知らない彼女の言葉は咎められよう。しかし響きはなかなか良い。
パンが無ければマフィンを焼けば良いじゃない。
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