第6話 おばあちゃんのスイートポテト
最近は紫芋なんかも珍しくなくなったけど、やはり石焼き芋とか芋けんぴは紫の皮の下にほっこりまんまるお月様色が見える普通のさつまいもがいい。
「そう言えば、あれ、久しぶりに食べたいなぁ…」
そろそろ祖母の命日が近いからかもしれない。幼稚園の頃の記憶。
※※※
ぼんやりと実家の台所から前掛けをした祖母が、座布団に寝転がって絵を描いていた嘉穂に聞いた。
−嘉穂、おやつ何が食べたいかい。
嘉穂は、お母さんがいないから今日は好きなもの作ってもらっちゃお、と期待いっぱいに答えたのだった。
−スイートポテト!
幼稚園のおやつに出てきたそれは、本当にお月さまみたいにツヤツヤ光って、真ん中だけうっすら茶色のそれはそれは滑らかで甘くて美味しいお菓子だった。
お母さんに買って、は言えないし、作ってもらえない。
−よし、ちょっと待っといで。
お婆ちゃんは料理上手だ。スイートポテト。スイートポテト。どきどきしながら待っていた。
※※※
もう何年前だろう。しばらく、お婆ちゃん以外の作ったものも食べていない。
−作ろう。
「作り方、聞いておけば良かったな」
嘉穂は自分で作ったこともないのだった。仕方ないのでレポートを書いていたパソコンのWebブラウザを立ち上げる。お婆ちゃんの時代には、こんなレシピ検索サイト、なかっただろうなぁ。
うん、作るのは割と簡単そう。
座布団から、よっと立ち上がり、この間のどら焼き作りで余った薩摩芋を取り上げる。
ひげが出てる…。
よくよく洗ってひげの部分に刃を入れる。続けて無造作に乱切り、さらに縦に。干しておいたヨーグルトパックにぽい。水を張ってレポートへ戻った。あと少しで一区切りなのだ。
参考文献を入力し終え、段落ぶら下げをオン。印刷コマンドをクリックすると、プリンターを立ち上げた足で台所へ向かう。
あくをとった薩摩芋をペーパータオルでふわり。湿った部分を避けて、もうひとつかみの乱切りをふわり。水気がないかチェック。よし。
背伸びして頭上の棚からボウルを取り出すと、流し台の壁に掛けた計量スプーンをひょい。
砂糖、みりん、醤油…サイトで見たとおりの分量を計ってはスプーンをひっくり返していく。ボウルに小山になった砂糖が黒茶に溶けていく。
ものが少ない時に揚げ物油を消費するのは気がひける…ということはミニサイズで済ませよう。深めの小さいフライパンを選ぶと、とっとっとっと半ば控えめに、コレステロールが付きにくいらしい油。そりゃそうだラーダじゃないし。
ここからが正念場だ。
フライパン、網、天ぷら紙、そしてボウルを直線に並べる。
いざ参らん。
熱を上げた油に菜箸を落として泡を確認すると、火力レバーを回してガスの火を細めた。
––頼む、神妙に油を跳ねるな。
念じて薩摩芋たちを油にそっと落とした。
しゅーううあ、小さく音を立てた黄色のかけらは浮き上がってくると次第にほんのり狐色を端に滲ませる。
さあ、おいでませ。
揚げ油から網へ。次の薩摩芋を入れて待つ間、上がった輩を天ぷら紙へ。数回の作業あまねく白い紙は半透明に透け、銀杏色に色づいた芋が紫のマントをつけてそこに寝転んでいる。冷めたらきゃつらはただの骸だ。
手早く右のボウルへ移し、黒胡麻を投入して菜箸でかき混ぜた。
ピンポーン
「きたきた、はーい」
親友の咲子だ。地元の大学に行った彼女は、東京巡りと言って泊まりに来る予定だった。
「嘉穂やほー。お腹すいたー」
「長旅お疲れ様。ちょうどおやつできたよ」
「やたっ!なになに?」
「スイートポテト」
大好き、と叫んだ咲子は、嘉穂が手招くと、リュックも靴も玄関にほっぽり、用意したスリッパまで無視して咲子が居間に入ってくる。
「はい、どうぞ」
「あー、これちがーうっ」
目の前に置かれた器には、黒胡麻で化粧した飴色に光る薩摩芋。
––嘉穂、出来たよ。スイートポテト。
––ええ、おばあちゃんこれちがーう!
咲子の反応は昔の私と同じだ。思い出して笑ったしまう。戦前に生まれた祖母。「スイートポテト」は「
ひょいと口に入れた咲子は、もぐもぐさせながら、でも美味しい、と笑っている。
私も一番に、美味しそうって言ってあげれば良かったな。
そう思いつつ冷蔵庫からタッパーを出してくる。
「こんなものもあります。そりゃもう自由デコラシオンに」
開けると、卵色のクリームがバニラの香りを部屋に満たす。
久しぶりの再会に、大学芋を時にそのまま、時にカスタードをつけつつ、近況報告に花を咲かせた。
お婆ちゃんに作り方は聞きそびれたけど、お婆ちゃんに近いスイートポテトは作れるようになろう。
嘉穂風デコレーションも足しながら、伝えていこう。
書棚に立てた家族写真をちらりと見て、そんな風に思った。
✳︎✳︎✳︎
スイートポテト、を作ってくれた祖母に感謝を込めて
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