第5話 秋のどら焼き

 前回のリベンジをする機会は、早々にやってきた。

 休日に大掃除をしていた時のこと。キッチンの棚の奥の方に、四角い箱が寝転がっていた。

 引き出してみる。側面が濃い藍色でラグジュアリーなパッケージ。


『一流ホテルのホットケーキミックス』


 母だ…。


 嘉穂はホットケーキミックスは買わない。

 小麦粉と砂糖とベーキングパウダーの素敵な配合で一流のカフェのホットケーキを作る自信があった(フライパンの予熱と一瞬の冷却とはじめ強火が鍵である。ふわふわにしたいならメレンゲで)。


 母しか買う人間は思いつかない。しかもこの本のような装丁は、明らかに近所のスーパーのレギュラーというよりかは、駅ナカ付きの高級嗜好のスーパーだ。訪ねてきた時に、そういえば買っていたような、気を利かせてくれたのだろう。


 しかし。


 賞味期限が過ぎている。


 粉物だから、多少問題はないがさっさと使わなければ…とはいえ朝はパンだし。パウンドケーキを焼いて友達に配るのもいいけれど、配合も違うし、何より一流ホテルの味が勿体無い。


 ふと、小物入れになっているハロウィンカップに目が止まる。


 決まった。


 袋の中身、一流ホテルの味の素が、1DKの部屋のキッチンにお目見えする。シェフの粉はコンビニの牛乳とスーパーの卵と鮮やかに混ざり、ぽってりとしたクリーム色の生地へ。

 お値段は五つ星が三つ星になったかもしれないが、シェフの星の数はあくまで味で決まるのだ。まだポテンシャルは失われておらぬ。


 フライパン予熱開始。台拭き冷却1秒。秒読みスタートのスピード勝負開始である。秋だし。

 手早く小さな円を落としていく。なるべく同じ大きさで。ふつふつが5つ空いたらひっくり返し。きつね色より少し濃い、砂糖が焦げた美味しい色がお皿にどんどん積まれていく。ああこれだけ食べるのもいいかも。


 いやいや、全てホットケーキはやっぱり飽きる。初志貫徹。

 今日のテーマは和洋のおもてなしなのだ。どちらも出せる一流ホテルらしく。

 ホットケーキが素朴な洋のご馳走ならば、和のどら焼きで和むのだ。餡子が無いなど嘉穂には問題では無い。


 なにせ秋だから。こうなったら色々だ。


 嘉穂はかぼちゃと紫芋から取り掛かった。ざく切りで一緒に加熱。ムースではないからちょっとくらい食感が残っても構うもんか。ハンドブレンダーに頼るまでも無い。ほかほか湯気の立つ秋の味覚をフォークでぶすぶす潰す。粒あんぽくていいじゃない。ぶすぶすぺたぺた。かたや紫、かたや橙の粒あんが見る間に出来ていく。


 さて甘味はどうしよう。お砂糖の甘さもいいけれど、ここはやはり蜂蜜でしょう。ほっこり秋の野菜の甘みに金の蜜がまろやかに溶けていく。香りだけでも幸せになるから蜂蜜は魔法みたい。


 いい頃合いに混ざったところで、皿に乗った西洋のタワーから二枚拝借。餡を挟んで別の皿へ。その繰り返し。

 イギリス風の薄くて甘い円盤のタワーが徐々に階層を減らし、秋を包んだ和の塔が氷れる音楽を作っていく…多分。


 タワーと塔が同じ高さになったところで、餡が無くなった。


 うーん、作り過ぎてしまった。残念ながら嘉穂の家には朝食バイキングが無いのだ。

 カレンダーを見れば、明日から三連休だ。お土産に包んで朝一で電車に乗って、ひさびさに実家に帰るかな。


 そろそろ秋の風も吹いている。車窓の紅葉を見ながら帰れるかも。

 そんなことを考えながら、まだほのかに温かなかぼちゃどら焼きをぱくついた。


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