第3話 ラップサンド

 嘉穂は勤勉な学生だった。大学の勉強は高校までと違って、自分が専門に進もうと思っている科目以外でも興味深かったし、授業で教わっていることにも、絶対の正解が無い、というのが良かった。

 もともと、大学は勉強するために行くところだから、大学院まで行くつもりで大学に入った。就職だけのために進学して、高い学費を親に払ってもらうのは嫌だったのだ。そのため嘉穂は下級生のうちにフルで単位を取り、ゼミが始まったら専門の研究に専念するつもりだった。


 そんな嘉穂なので、友人達と授業が被らない日や特に学外に行く約束がないときは、大抵大学のどこかに「間借り」して参考書や語学の教科書を読みながらお昼ご飯を食べていた。


 いいなぁ、理系学生は研究室があって。


 文系学部の研究室は、教授陣だけのものか、主に院生が使うとても狭い部屋しかなく、学部生の行き場は無かった。お昼を食べるのに研究室で集まり、電子レンジやポットや冷蔵庫を自由に使える理系学生が羨ましかった。


 さて、万能に見えるサンドイッチランチでも、種類によっては、一つ難点があった。


 嘉穂がおしゃれに飾り立てるベーグルサンドは両手で持って食べないと具がこぼれてしまう。栄養満点に詰め込んだバゲットサンドも、しっかり握りしめて大口を開けないと口に入らなかった。


 これでは片手に本を読みながら、優雅なお昼を楽しめない。


 おにぎりを食べればいいじゃない、と言われそうだ。全否定はしない。脳をフル回転させるために使われるのはブドウ糖しかないわけで、その点で米は最も理想的である。しかし、おにぎりの具だけではビタミンとタンパク質と食物繊維に欠ける。


 しかし反面、サンドイッチはどうだ。たとえベーグルとバゲットがこの重要な要請を満たさないとしても、サンドイッチはバリエーションが豊かである。ここが、嘉穂をしてサンドイッチマジックへ引きずり込んだ所以である。


 まず目をつけたのはオーソドックスな食パンのサンドイッチだった。 薄切りのサンドイッチ用食パンにバターを塗り、水気を切った野菜とハム、またはグリルしたズッキーニやパプリカにスライスチーズとスモークチキン。はたまた少し甘めに作ったスクランブルエッグでも良い。もう一枚の食パンで蓋をして、半分に切って包めば、片手で食べながら片手で参考書のページをめくれた。これも良かった。


 しかし食パンは挟める具材の量が割と少なく、作ろうと思うとどうしても数種類欲しくなった。そこで、もっと適役を見つけた。トルティーヤである。

 トルティーヤの薄いピザのような記事は、そこまでお腹にずっしりくることもないが、噛めばもちもちとしてお腹いっぱいになり、すぐに気に入った。中に入れる具材もなんでもござれである。


 今日の嘉穂のチョイスはサラダ菜。まずこれで壁を作る。具材をひとまとまりに団結させるためのツール。

 それから細切りの胡瓜、アボカド、塩とレモン、蜂蜜で和えておいたセロリとキャロットのラペ。

 嘉穂は動物性脂肪と相性が悪い。 だが油分は食事の旨みを引き立てる。脂なしではどうしても料理がさっぱりしがちである。 だがしかし! アボカドはなんと優秀なことか。適度なマイルドさを加えてくれる。「優秀」な「逸」材。同語反復的な表現である。嘉穂、文学部として恥じよ。

 気を取り直そう。タンパク質が足りない。これでは残念なお胸がさらに残念になって……もう言わないで。

 改めて気を取り直そう。はい、タンパク質! フェタ・チーズとノンオイルのツナ缶。塩気を出すために輪切りオリーブ。


 あとは、右と左を折って、手前からくるくるくるくる。巻き終わりが下になるようにアルミホイルで包み、しっかりと閉じる。ビタミンC補給にデザートにみかんも付け足し。


 素晴らしい。電気も火も使わない。ということは冷めたらあんまり美味しくない、ということを心配する必要もない。なんて素敵なチョイス。特に夏には(保冷剤を入れておこうね、食中毒防止ね)。


 嘉穂は校舎の廊下に設けられている自習スペースを見つけて、参考書とノートを取り出し、ラップサンドのホイルを剥がした。ラップサンドを頬張りつつ、サンドを持つ左手で参考書のページを抑えて、右手でメモを取る。


 お行儀が悪いと言われるかもしれないけれど、一人でのこういうランチも貴重だし、時間は有効利用かつ、充実感もあるのだ。


 やっぱりサンドイッチはいい。楽だし。栄養取れるし。おしゃれだし。工夫次第で経済的だし。 更に有能。だって食べながら本が読めるもの。


 ご飯は美味しいのは大前提。でも、美味しければいいってもんじゃない。


「あ、嘉穂だ。今日何限まで? 帰りに美術展行こうよ」 同じ専攻の友人が通りかかり、嘉穂を見つけて声をかける。「四限終わりだよ。乃木坂のやつ?行く行く。ついでにヒルズで新作アイス食べようよ」


 節約したご飯代は、たまの楽しみに使うのも、これまた一興。


 ご飯が美味しいのは当たり前。食事に大事なのは、いかに「早く、安く、おしゃれ」で栄養満点幸せになるか! 美味しければいいってもんじゃない!

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