彼女の『青春時代』
どきり、とする。なんでそんな話になるのか、まったくわからない。
「小さいころ、よく遊んでくれたでしょう?久志くんが中学生になるまでよく遊んだよね。そしたら、久志くん、市の中心部の進学校に行っちゃって、さみしかったな」
「ああ、そうなんだ。春だって中学生になっただろう、その後。オレなんかいなくても、もう『お兄ちゃん』より『彼氏』が欲しい年頃だっただろう」
「わかってないなぁ」
そう言ってくすくす笑う。笑顔を見るのは今日、はじめてだ。シャギーの入った短めのボブカットが、笑うたびに揺れる。ちょっと丸めのヘアスタイルが、彼女の小さい頭によく似合っている。白くて長い首筋がよく見える。
「久志くんが頭のいい子の通う学校に言ったんだよってお母さんに聞いて、中学ではすっごい勉強したから彼氏なんてもちろんできなかったし」
「もったいないな。青春は一度きりだろ」
彼女はふたりでいることに慣れたのか、人懐こい笑顔を見せるようになった。オレの方は気まずさが増して、顔を正視することができない。ただ煙草のけむりだけがゆらゆらと揺れては消えていく。
「でも高校ではもてたんじゃないか?春は小さい頃からかわいかったからな」
何を言ってるんだ、オレは。どこの叔父さんだ。
「高校行っても同じ。久志くん、東京の大学に行ったから、わたしも上京したくて。でも、親はなかなか賛成してくれないから、それなりにいい大学に入らないと説得できなくて、やっぱり勉強ばっかりだよ」
「……なんか、悪いことしたな。オレの進路なんか気にしないで、学生らしく楽しめば良かったじゃないか。せっかく人生のいちばん楽しい時期だったのに」
「久志くんが謝ること、ないよ。わたしが勝手にしただけ。小さいころみたいに、『お兄ちゃん』を捕まえたかったの」
「……」
春はすくっと立ち上がると、パソコンを立ち上げたままの、机のイスに座るオレの目の前に立った。見下ろされる。こちらは見上げる姿勢になって、目と目が自然に合ってしまう。
彼女のほほに、さらさらと短めの髪がかかるのを見ていた。
「今、彼女はいますか?」
「い、いや。いないよ」
ドキドキしないほうがどうかしている。
彼女はもう、小さくてこうるさい女のコではない。身長はあまり伸びなかったようだけど、明らかに成長した若い女性だった。
長めの、細いプリーツの入った薄いスカートがオレの足元に揺れて、時折、足に触った。
「わたしね、中学、高校って真面目にがんばって、青春は貯金したの。だから、久志くんが言うみたいに残念な気持ちにはならなかったよ」
「うん、まあ、そういうこともあるかもな」
いや、青春の貯金なんて聞いたことない。青春は一度きりというのが定説で、通り過ぎたら戻らないからみんな、一生懸命楽しむんだ。楽しくて楽しくて仕方がない年頃だから。
それで気がついたら終わっている。いわゆる、『社会の歯車のひとつ』になるわけだ。
煙草を灰皿にぐしぐしと押しつけて、火を消した。もう一本、火を点けたらさすがにやり過ぎかと考える。
「それで、青春を貯金した分、全額下ろそうと思うの。今は低金利だけど、それでもいくらかついてるはず。だって中学から今まで、ずっと貯金してきたから」
オレの心は思わずのけぞった。
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