30:ブレイブ#踏み出すということ

 俺ことP.N.『水縹みはなだF42(@Mihanada_f_42)』は婚活している。



 さて、何事もターニングポイントというものが存在する。


 Pairsというアプリケーションは匿名性をもってやり取りをしているわけだが、当然裏側に居るのはお互い人間だ。



 つまるところ水縹みはなだという名は所謂『新宿のアヴェンジャーもふもふわんこ』と同じく偽名であり真名は別にある。まぁ当然だよネ。


 なのでどこかしらのタイミングで相手の本当のお名前を聞かないといけないのだが、これがどうにも聞くことができない。



 確かにチャット上はいい感じに会話できている。だがな、婚活市場では初回のお茶会よりまえに連絡先の交換はよろしくないタブーというのだ。『なんで?』と疑問に思うかも知れないが、これは男性側よりにわかりやすい。



 連絡先情報は、ストーカー目的に利用される可能性がある。


 これは実際に聞いた話。見合いに連絡先を交わすことは厳禁とは恩師の言葉だ。実際に被害が出てからでは問題どころではない。事実そういうことをする者は存在し、存在するからこそニュースになって世に出てくる。



 またヤリ目的の場合もあるようだ。


 連絡先を交換して接触してそのまま……というのは一定数ある。ヤるのが目的だからすぐ会いたいしすぐ行きたいのだ。なのである程度時間をおいてから交換するのが定石になる。




 ……という情報を知った上で、俺はどうしても、どうしてもお相手の名前が知りたかった。




 これは例外だ。凡例の外側に有る。エラーだ。Exceptionである。NullPointerだ。ガッしなければならない障害にほかならない。


 俺は腐ってもSE。確定したコードを書き、フローを描いて、プロジェクトを運営し、リリースをする凡庸な1つの歯車である。


 だからそうした事情があると知って、だが、しかし、それでも知りたかった。お相手の名前をちゃんと『名前』で呼びたかった。



 だから少しだけ勇気を出すことにした。



 それに踏まえてお相手のことは分かる限り調べた。以前Pairsはプロフィールで、グループに所属することで共感するモノがなにかという属性を持つことが出来る。それを見る限り、この仲良し度なら十分勝算はある。名前を聞くぐらいなんてことはないだろう。



 だが同時に大いなる蛮勇かも知れない。



 仲がよいとしても完璧ではない。この世に絶対はないように、何事にもリスクは存在しえてしまうのだ。こればっかりは職業病と言える。いくら完璧と思えることでも、致命的な失敗がアリ得るということを腐るほど体験してきた。プログラマ、システムエンジニア、IT関連に付く者なら誰しもが身にしみる呪いだ。その一欠片のリスクが俺を押し止めようとする。


 失敗するか、成功するか。ただほんのちょっぴりのことなのに、どうしても迷う。まだ一度もコンパイルしていないプログラムを、本番にいきなり乗っけて動かさなきゃいけないような緊張感。あっやべえこれ同業者にしか伝わらねぇな!



 だが考えてみろ、星の開拓者たる英雄はおしなべて不可能を可能としてきた。それに比べて俺の成し得んとすることのなんと小さな事か。


 いやさ考えてみろ、俺はただの小さき凡愚である。越えるべき障害は隣の芝生、対岸の火事。他者からみて如何に小さけれど、俺にとっては崑崙山に等しいのだ。



 だから故に一歩踏み出した。迷ったらする。

 これは誠に金言だとおもう。

https://twitter.com/R_Nikaido/status/996013729098563584

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%91%89%E9%9A%A0



 キーボードを叩く指が震える。すごくすごく文章を考えて、考えて、100万文字のスパゲティコードを読み解くが如く考えた気がする。アレはひどかった……なんなんだよ1レコード挿入するだけで20テーブルレコードができるっていみわかんねぇ。例えて言うならお団子食べたらピザと寿司とチキンと中華もやってきたようなもんだ。

 そんなことを考えつつ俺という存在が持ち得る全能力を駆使して書き上げた。時間にして10分、恐ろしく長い一秒の後にエンターキーを叩く。



 丁か半か。


 時は刻々とすぎる。


 一秒があまりに長い。


 そうだ、これだけ時間が長いンだからプロット書こう。


 俺って天才じゃね?



 … … …。



 全く進まねえな?


 当然だろう馬鹿か俺は。とてもおろおろする。


 中学生か俺は。いやしかたねーだろ。


 いやでも32にもなって彼女が居なかったし。


 精神的な程度レベルが男子中学生……悲しくなってくるな。


 ああでもこんなに時間が経つのが怖い。



 \ピローン/


 返信の音が響く。

 そうして彼女は……名前を教えてくれた。


 ( 'A`)……


 ('A`)?!



 うん、なんの心配とかもない。ぽやっと普通に「イイヨー!」と言ってくれた。



 ('A`)……


 (*'∀`*)!!



 諸君、分かるだろうか。ちょっとこの、わかるだろうか? この些細なことなのにスゴイ嬉しいの。ただ名前を教えてくれただけなんだけどね? あー、不味いです。これは不味いです。不味い兆候です。落ち着くべきです。落ち着くべきなんだけどこの瞬間だけは、一瞬だけは狂ってしまっていいでしょうか?



 そんな感じでほんの少しだけ前進した気がする俺である。これは後退したのか? ちょっとだけ成長したのか? わからん。わからんが……。



 ちょっとマジで水縹さんは落ち着くべきってことだ。

※嬉しすぎて軽く貧血状態に陥り、膝から力が抜けて思いっきりすっ転んで額を打った32歳男性曰く




 ではコンゴトモヨロシク。

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