THE VIRTUAL WORLD ONLINE

悪猫

第1話

「よし、これで大丈夫だな」

買い物カゴの中のものとメモを確認して、買い忘れが無いことを確かめる。無駄金を使うことなどできないからな。

「さ、早く買って帰らないとな」

レジで会計を済ませて外に出る。

「はぁ………あったかくなってきたな」

今は3月の中旬。俺の同年代の奴らは大学受験とかいうのに向けてもう勉強してるのだろう。俺?俺は孤児院育ちだからな。それに、院長先生たちに迷惑かけたく無いから、学校なんて行ってない。簡単な四則演算とかは院長先生に習ったけど、それだけだ。貴重なお金なんだし、俺に使うより俺より下の奴らのために使ったり、孤児院のために使ったほうがいい。

「今日の夕飯は何かな……」

夕飯はいつも孤児院の先生が作ってくれる。今日みたいに買い出しがなければ俺も手伝うけど。俺は普通に美味しいだけだけど、先生が作る料理はすごい美味しい。それこそ、ご飯が抜かれたくないから皆規則を守ってるようなもんだからな。と、先生の作る料理に思いを馳せていると、悲鳴が聞こえた。

「きゃあ!?」

悲鳴が聞こえたのは進行方向。この辺の地理を思い出し、この先は人通りの少ない、誘拐に向いてそうな道路だったことに思い当たる。

「お嬢様!」

「へへへっ、暴れるなよ、そこのメイド」

「暴れたら、このお嬢様がどうなっても知らないからなぁ」

「くっ………!卑怯な!」

「なんとでも言うといい」

「シルフィ!私のことは気にしないで!」

「しかし、お嬢様!」

………えぇ、マジかよ。俺ってとことん運が悪いなぁ。やっぱり、産まれた時に運を使い果たしちゃったのかなぁ。まぁ、そんなどうでもいいことは置いといて。

俺が見たところ、今の状況は至極簡単だ。まず、おそらく『お嬢様』が1人の男に捕まっている。そして、2人の男がメイド服の女を牽制している。さて、荷物はゆっくり静かに脇に置いて、と。

「フッ!」

「ガッ!?」

「よっ、とっ!」

「グフッ!」

「ハッ!」

「カハッ!!」

「とどめ、なっ!」

「ッ!?」

軽やかに駆け出し、推定『お嬢様』を捕まえている男の後頭部に上段蹴りを一発。その次はその音に反応してこちらを向いた2人の男のうち、遠くにいる奴の鳩尾に拳を一発。そして、振り返りながらもう1人の男に近寄り、腰の捻りを入れた掌底で腹を撃つ。最後に、推定『お嬢様』を捕まえてた奴が推定『お嬢様』を離したのを確認していたため、振り返りながら一気に近づき、腰の捻りを入れた拳を鳩尾にめり込ませた。

「えーと………うん、大丈夫だな」

周囲を確認しても、人影は確認できない。多分、もう大丈夫だろう。

「そこの2人は大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫です。それにしても、君は強いんだね」

この言い方………。これまでの経験からいくと、確実に年齢間違われてるな。多分最低でも6歳くらい。

「………一応言っておきますけど、俺は18歳です」

「ッ!?」

「えぇ!?」

おいメイド。何でそんな驚いてんだよ。

「君、私と同い年なの………?」

「……………チッ、その足を切り落とせば同じくらいの身長になるか………?」

「えっ?今、なんて……」

つい本音が。誤魔化さなければ。

「何も言ってませんよ?」

「そ、そう」

「………ありがとう。助かったわ。お礼をさせて貰えないかしら」

お礼?誘拐されかけるくらいには重要人物な少女からのお礼?それは………受け取りたくないな。

「いえ、お礼なんていらないですよ。けど、どうしてもお礼をしたいっていうことでしたら、孤児院に寄付をしてください」

「………わかったわ。ここら辺の孤児院だと………確か、一つだけだったわよね」

「ええ、そうです。お嬢様」

「じゃあ、その孤児院に寄付金を贈っておくわ」

「ありがとうございます。それでは、皆が待っているので、俺はこの辺で失礼します」

「待って!」

「?はい、何でしょうか」

「私、橘 玲奈っていうの。こっちは、私の専属メイドのシルフィリア クロスフェード。その、あなたの名前も知りたいのだけれど………」

マジか。名前を教えなきゃいけないのか。いや、名前だけで特定されることは無い、筈だし、いい、よな?

「俺は葉桜 燐です。橘さん、クロスフェードさん」

「そう、葉桜君ね。助けてくれてありがとう。後で孤児院に寄付しておくわ」

「ありがとうございます。では、俺はこの辺で」

「ええ、引き止めてごめんなさいね」

「では」

「はい、また・・

また・・………?まさか………いや、そんな事は、無い、筈だ。なのに、何でこんなにも嫌な予感がするんだ………?

俺は、沸き起こる嫌な予感を気の所為だと無視し、いつも通り過ごし、眠りについた………。

▽▽▽▽

そして、俺の嫌な予感は当たった。

「おはようございます、葉桜君。昨日ぶりですね」

「おはようございます、橘さん。今日はどのようなご用件で?」

「それは私から説明します、葉桜様」

「クロスフェードさん」

「実はですね、ボディーガードを雇おうとしているのです。しかし、なかなかいい人が見つかりませんでした。そんな時に現れたのが貴方です、葉桜様」

「つまり、俺に橘さんのボディーガードをしろ、という事ですか?」

「ええ、と言っても、昨日は例外でしたが、基本的にお嬢様にはボディーガードが数人、常に張り付いています。なので、主に他の場所でボディーガードをしてもらいたいのです」

「他の場所、ですか………?」

「はい。お嬢様のお父様が経営なさっている橘カンパニーの新作ゲーム、THE VIRTUAL WORLD ONLINE内での護衛をお願いしたいのです」

「ざ ばーちゃる わーるど おんらいん?」

「知らないのですか?今世間でも話題になっている新作MMORPGゲームですよ?」

「すいません。今まで学校に通ったことがないものでして」

「法律違反では?9年間の義務教育があるんですよ?」

「バレなければ問題ないでしょう。俺は一生をこの孤児院で過ごしつもりですし」

「………バラされたくなければ依頼を受けてください」

「………バレたら孤児院に迷惑かかりますか?」

「まぁ、かかると思いますよ」

「はぁ………受ければいいんでしょう?なら、適正とか調べてからの方がいいと思うんですけどねぇ」

「そういうのは屋敷で受けてもらいます」

「じゃ、着いてきますよ」

そんなやりとりがあったのが大体2時間前。

今の俺は、白シャツに上下黒のスーツを着た執事のような状態だ。というか、周りに控えてる(おそらく)執事の人たちと同じ格好だ。そして、高級感あふれるソファに座っている俺の前にいるのが、橘さんの父親、つまり、橘カンパニー社長、橘 直継なおつぐだ。

「さて、葉桜 燐君と言ったか?」

「はい」

「君の、現実リアルでの戦闘力は確認できた」

屋敷に着いて直ぐの時の事を言っているのだろう。橘さんとクロスフェードさんが離れて少しすると、SPみたいな人たちや、メイド服の人たちなどなど何十人もの人たちに襲われた。こう、なんというか、目が血走っていて、息が荒いメイドが多数いたような気がしたが、気のせいだと思いたい。俺に攻撃される度に「ありがとうございますッ!」とか言ってたメイドやSPみたいな人がいたような気がするのも気のせいだと思いたい。

まぁ、そういう事があったから、その時の事だと思う。

「次は、ゲーム内、つまり、仮想世界でどこまで動けるのかを確認したい。装置一式は此方で用意するし、場所も用意する」

「わかりました。今すぐやりますか?」

「ん………そうだね、何人かつけるから、部屋まで行って、確認してきてほしい。私は別室のモニターで観ているよ」

「わかりました」

別室に移動し、約1時間ほどどこまで動けるかを確認した。

結論から言うと、余裕だった。そして、次回か次々回の大型アップデート時に追加予定の闘技場のPV撮影の協力、闘技場のチャンピオンとして、特別に護衛用以外の別アカウントを作成して、他プレイヤーの挑戦を受けて欲しい、とお願いされた。

「一つ目は分かりましたが、二つ目のはどういう事ですか?」

「新しく追加する予定のコンテンツに、闘技場という、PVP専用の場所を設置しようと思っているんだ。詳しい説明は省くけど、戦闘に勝つとポイントを得られて、溜まったポイントを使って様々な景品を貰えるポイント交換所とか、勝利数ランキングや合計ポイントランキングを作って、上位に入った人には順位に応じてゲーム内通貨と回復薬を配布しようと思ってるんだ」

「成る程。それで、俺の役割というのは?」

「闘技場には、何人か強力なNPCを配置してある。彼らはランカーと呼ばれて、闘技場で何番目に強いかを競い合っている、という設定がある。PV撮影時に、君には現在のトップランカーを倒してもらう」

「つまり、俺は新しいトップランカーになればいいんですね」

「ああ。それと、できればいいのだが、君には無敗でいてもらいたい。闘技場に登録してからトップランカーになるまでも、闘技場が解放されて、他プレイヤーが君に挑み始めても、君は無敗でいてもらいたい」

「………いいですよ。任せてください。---まぁ、ある程度練習すれば、モノになるだろうし、その後は戦いながら調整すればいい」

「?何か言ったかい?」

「いえ」

「そうか。じゃあ、頼むよ」

「はい。では、早速お願いしたいのですが」

「何かな?」

「闘技場用のアカウントを作らせてください。それと、初心者を脱した程度の装備の支給を。その後は、効率的な狩り場を用意してもらえませんか?1週間で仕上げます」

「……………わかった。だが、何故1週間なんだ?」

「1週間後でしょう?俺が護衛を始めるのは。それまでに仕上げます」

「そうか。よろしく頼む」




こうして、俺は橘家の執事としての教育を受けながら(最初はそんな事聞いてなかったんだが)、ゲーム内で橘さんの護衛をする事となった-----

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