第15話使えない勇者と都民に愛される勇者

いつもの様にエルミューラを連れて林へ――。

そんな生活をひたすら繰り返した。


今の俺のレベルは人族の平均の2倍は余裕である。

不意打ち以外ではまず倒される事も無いだろう。


それに伴い、エルミューラも人族の平均の2倍まで上がっている。

エルミューラと風呂に入った後日――。

黙々と金稼ぎとレベル上げに勤しんだ結果だ。

ちなみに、金貨で175枚。それと細かい銀貨が俺の全財産となった。

この金額が高いのか安いのかは分らない。

この世界の一般市民の年収が金貨15枚程度である事を考えれば、

異世界に来て20日で一般市民の10年分以上を稼いだ俺は異常と言えるだろう。


結局、あの後もエルミューラと風呂に入って入るが、特に進展は無い。


あったら大変だけどね。

エルミューラを購入した事で、ラミリーさんともあれから親密になる事も無く、ミリーさんには相変わらずギルドでからかわれている。


気分的に楽になったのは、鬱陶しいチビ貴族が俺の前から姿を消した事だ。

使えない勇者のレッテルを貼られた様で、あれ以降はこの小屋に誰も来なくなった。


進展があったのは――今だ。

朝。俺の住んでいる小屋に何処かの国の従者がやってきた。

何でもその国の王子が友人を連れてこの王城に滞在するらしく――。

俺が、住んでいる小屋に住む予定の従者が尋ねてきたと言うわけだ。

ホテルなどで良く聞くダブルブッキングというやつだ。


俺の手持ちの資金を考えれば、いつ出て行っても良いのだが……。

勝手に召還しておいて、他国の従者が来たから出て行けでは、あんまりと言うもの。

俺は、王へ苦情を言いに螺旋階段を駆け上がっていた。


「これは、勇者殿ではないですか?お元気そうで何よりです」


俺にそう言ったのは、この世界に召還されて初めて会った人物の1人。

宰相のエリスティン老であった。

白髪に白い髭を伸ばした、いけ好かない爺さんである。


「ええ、お陰さまで快適に暮らしておりましたよ。さっきまではね」

「はて?さっきまでと言うのは?」

「今、他国の国の従者と名乗る連中が来て、今日からここに滞在するので出て行けと言われたんだけど……」

「あぁ、そうでした。隣のグランシュター王国の王子がいらしたので、その従者に提供したのでした」

「俺に出て行けという事でいいんだよな?」

「いえ、勇者殿にはあの屋敷の左手、王城の横にある小屋へ移動して頂こうかと――」


そんなもんあった?

その辺って厩の様な建物しか無かったはず。


「あの辺って厩しか無かったと思ったけど?」

「おや?お詳しいのですね……勝手に王城内を徘徊されては困りますよ」

「あんな厩に滞在するなら街で暮らした方が余程マシだろ!俺、街で暮らすから――じゃ世話になったな爺さん」


そう言って後ろを振り返った瞬間――。

俺の首に電流が走り、俺は意識を手放した。



気が付くと……俺の体には鎖が巻きつけられていて両手、両足が完全に地面に鎖で固定されていた。


ジメジメとした湿気具合から、ここが地下だという事は直ぐに気づいた。

首を動かし顔を上げると――目の前には鉄格子。

俺は拘束されてしまっていた。


鉄格子の前には、2人の騎士が立っており何やら話をしている。

その騎士に他心通を使ってみるが――使えない。

どうやら俺の体に巻きついている鎖は、魔法行使を邪魔するジャミングの様な機能が付いている様だった。


「なぁ~そこの騎士さんよ、なんで俺がこんな所に入れられているんだ?」


騎士は一度こちらを振り返ったが、何事も無かったかのように隣の騎士と話を再開していた。


試しにステータスと唱えるも――やはり何も見られなかった。

力が抜けた感じはしない事から、俺の化け物じみたステータスはそのまんまだという事がわかる。

だが――流石に頑丈な鉄の鎖を破壊するだけの力は無い。


はぁ~エルミューラは無事かなぁ~異変に気づいて逃げ出せていれば、お金は持たせてある事だし。なんとか生活する事は出来るだろう。

俺が居なくなっても――冒険者で稼ぐ方法は教えてある。

うん。あの子なら大丈夫だ。


時間の感覚も分らない中、階段を下りてくる足音が聞こえた。

顔を上げて見ると……。


「何とも無様な有様ですねぇ~食事を断って10日――どうしてまだ生きているのか。不思議に思っておれば――王城に忍び込んで食べ物を盗んでいたのだな。最近、宝物庫に賊が侵入して金品を盗んだ形跡があると聞き及んだが。よもや勇者殿が犯人だとは……召還を行ったエリーゼ王女も悲しんでおられたわ」


「俺はそんな事はしていない!」

「勇者殿が滞在していた屋敷から、大量の魔石と金貨が見つかっておるぞ。よもや言い逃れは出来まい?」

「それは俺が稼いで得たものだ!」

「関係各所に問い合わせたが、勇者殿が王城から出た記録は一切ありませんでしたぞ」

「それは……」

「おやめなさい。無駄な足掻きに過ぎん。お前はこの国に泥を塗った!その罪は死罪をもって償わなければなりません」

「最初から嵌めるつもりだったのか?」

「何を馬鹿な事を――あなたがこの国の為に協力していればこの様な事にはならなかったと言うのに――隣の国が召還した勇者殿に先程お会いしましたが、非常に聡明な御仁で、この国にもお隣のグランシュター王国と同様の電気を用いた明かりの技術を齎してくれる事が先程決ったぞ。お前はもう無用だ!」

「ちっ、ちなみにその勇者の名前は――何て言うんだ?」

「お前の様な偽技術者が知る筈も無いだろうが、教えてやろう。勇者の名前はカズオ・サトウ氏だ。どうだ?お前には聞いた事も無い名前だろう?」


誰だ……それ?

知っている奴なら――と思ったが全く聞いた事が無い名前では俺の世界とは別の世界から召還された技術者の可能性もある。

下手に騒いでも自分に不利益になるだけだ……ここは大人しく聞いていよう。


「あぁ、全く知らない。聞いた事が無い名前だな」

「当然ではないですか?お前は偽者だからな――はっはっは」

「それでは、処刑当日に時間が取れれば見て差し上げますよ?お前の首が飛ぶ瞬間をね――」


糞――何か手は無いか、魔法を使えなくても逃げ出せる方法とか。

考えるが、そんな物が存在するならジャンヌオルクもサリー・アントワネットも処刑される前に逃げ出しているよな。


それからしばらくして、階段を下りる音に気づき顔を上げると。


「今日からは1日2食、この料理をお持ちいたします」


そう言って、鍵を騎士に開けさせ――俺の顔の前に、平べったい底が浅い皿にパンくずを落とし、スープで柔らかくした料理を置いていった。

牢屋内で死なれては困るからだろう。


大衆の前で、国王を謀った偽勇者として処刑するとミラー伯爵が言って居たからな。




          ∞     ∞     ∞



「おう、聞いたかよ。グランシュター王国が召還した勇者様の話」

「ああ。何でも俺達が夜に出歩いたりしても危なくない様に科学とかいう異世界の技術で明かりを齎してくれるんだってな」

「しかも、魔石を一切使わないからコストも低く抑えられて、今までは貴族様だけが夜を独占していたのが、俺達も同じ生活が送れる様になるんだってよ」

「すげーもんだな異世界の技術ってのは……」


右を向いても、左を向いても聞こえてくるのはグランシュター王国が召還した勇者の話ばかり。


エルのお兄ちゃんの話は少しも聞こえては来ない。

エルは、あの小屋に異変が起きた時に、寝室の窓から飛び出し森へ逃げた。


あの朝、お兄ちゃんが外で誰かと話をしていたから、また面白い事を始めたのかと思って、盗み聞きをしていたのだけれど――お兄ちゃんが、お城の方へ走って行ってから事態は急変した。


5人の騎士達が、玄関先にいたお兄ちゃんと会話をしていた人達をどかして、扉を無理矢理に壊して入ってきたからだ。


中に入ってきた騎士達はお兄ちゃんが使っていた部屋に入ると、中を漁り始めた。

いつもお兄ちゃんは何かあったときの為に、ベッドの下に少しのお金と剣を隠していた。

それが見つかったのは、隣の部屋で息を潜めて聞いていたエルにも分った。

『あったぞ!』そんな声が聞こえ、怖くなったエルは窓から逃げ出した。

恐らく、あの後でエルの部屋も漁られたに違いない。


普段着ている着替え以外の服は置いてきた。

きっとそれは見つかっただろう。

でも、お金はちゃんと持ってきた。

何かあった時の為に――お兄ちゃんから全財産の半分は貰っていたから。


エルはどうしたらいいのか分からずに、街を彷徨っていた。

夕方になって、部屋が空いている宿に入った。


今日は、冒険者ギルドにも顔は出していない。

万一、お兄ちゃんが冒険者をしていた事がばれれば、エルの存在も直ぐに知られてしまうから。

お兄ちゃんからは、何かあったらしばらくは、大人しくしている様に言われている。



次の日になっても、お兄ちゃんの話は聞こえてこない。

街に電気が通って、夜も不安なく歩けるようになる。その話題で持ちきりだった。


お兄ちゃんが、消えて3日目に隣の国が召還した勇者と王子様のお披露目が盛大に街を挙げて行われた。


まったくいい気なものだ……。


お兄ちゃんと似た、黒い髪を真ん中から分けたパッとしない優男が、壇上から手を振っていた。


その次の日に漸く、お兄ちゃんの話が聞こえてきた。


アルメリア王国でも勇者を召還したが、その勇者は技術を持っておらず――ヒモが職業だと言って、王家の資金を無駄遣いし、挙句の果ては宝物庫から金品を盗んで使い込んでいたと……。

その使い込みのお陰で魔石の価格が高騰していたのだ。

そんな話が何処から漏れたのか?

あっという間に都民に知れ渡り――お兄ちゃんを罰せよ!という声が1日も経たない内に都民から湧き上がった。


事情を知っているエルからすれば、寝耳に水でした。


お兄ちゃんは、この異世界に来て初日からまともな食事も与えられず、自力で魔法を覚えるまで、あの小屋でお風呂にも入れなかったのに……。


多分、お兄ちゃんは捕まっているのでしょう。

助けに行きたくても、国の兵を相手にするだけの力はエルにはありません。


ギルドは危険だから行けない。あの酒場へ行っても仕方が無いし――。



エルは途方に暮れていました。


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